第188話 それぞれの婚約事情
「娘の恋人がどなたかご存じなのですか?」
部屋に戻って来たクォートの問いかけに、レスティオはきょとんとした後、声を上げて笑い出した。
「レスティオ様。これは父としてではなくあくまで筆頭護衛騎士としての確認です。ロゼアンには聖騎士との繋がりも踏まえて婚約を急がせたそうではないですか」
クォートは繕って言い訳を重ねた。その様子になんとか笑いを堪えようとするも、結局噴き出して肩を震わせた。
シルヴァとジェウはあえてなにも言うまいと視線を逸らす。
「親馬鹿と思って頂いても結構です。どうなのですか」
「あー、知ってる。というか、気づいた。一昨日テトラ嬢と会った時にソリッズもいたから、騎士団で雑貨屋の娘と付き合っている奴は誰かとあぶり出されるのはすぐじゃないのか?」
どれくらい干渉しあっているのか知らないけどと加えて、レスティオはティーカップを手に取った。
クォートの後ろでシルヴァとジェウが顔を見合わせている様子が見えて、思い当たる節があったのだろうと察する。
「クォートの娘と知らずに、慣れない恋に夢中になって家名を気にする余裕もなかったんじゃないか?」
「……レスティオ様がそう仰るのなら信じましょう」
頷いたものの表情は渋いままだった。
その後、レスティオがクラディナの執務室から戻ってくると部屋の前でベスティナートと話す兵の姿があった。
以前より身なりを整えて凛々しさを増した姿に笑顔で手を振る。
「やぁ、エレク。ヴァルナフ隊の配属になっていたんだな。城の居心地はどうだ?」
「ぁ、レスティオ様!ご無沙汰しておりますっ!城には慣れてきましたが、以前は常に移動の日々だったので時に無性に馬で駆け出したくなります」
迎年祭で護衛騎士を務め、ゾフィー帝国派遣団にも同行したエレク・ブリッツ。
以前までは運送を担うギブール隊で小隊長として西部と中央地域を行ったり来たりしていたが、日頃の慈善活動を含め働きが評価されてヴァルナフ隊の結成とともに皇室付き部隊に移ることとなった。
今度外周を一緒にどうかと話しながら部屋の中へとエレクを促す。
若干強張った表情にあくまで笑顔で背中を押した。
「レスティオ様に用があったのではないのか?早く入ったらどうだ」
クォートに促されると、一瞬の躊躇いの後、部屋に入った。
護衛騎士たちは察した表情で各々の持ち場にそっと立つ。
部屋にいたシドムは雰囲気を察しつつも、何があったのかまでは理解出来ぬままレスティオにお茶を淹れるか尋ねた。
「3人分頼もうかな」
「3人?」
「3人」
誰の分だろうかと首を傾げながらもシドムはお茶の準備を始める。
レスティオは一人掛けのソファに座り、エレクに話を促す。
席を勧めるより先に話を促したレスティオにクォートは訝し気な表情でその後ろに立った。
長方形のテーブルを挟んでエレクと向かい合う形になる。
「あの、フランドール隊長っ!」
「ん?」
自分の名を呼ばれると思わなかった様子で眉をひそめる。
「申し訳ありません。隊長の御息女と知らず、テトラさんとお付き合いさせていただいておりましたっ!」
「なっ……」
「ギブール隊から籍を変え、今は本気で結婚も視野に考えておりますっ!聖騎士筆頭護衛騎士の御息女と思えば、俺には不相応かと思いますが今後ともお付き合いさせて頂きたくお願いに参りました!」
頭を下げて、勢いのまま叫んで告白するエレク。
お茶を淹れながら驚いていたシドムは指示された3人の意味を理解した。
「クォート、何か言ってやってくれ」
「……あぁ、申し訳ありません。まさか娘の相手がエレクと思わず」
眉間に手を当てて息を吐いたクォートにエレクは頭を下げたまま震える。
そこにシドムがお茶が入ったと声をかけ、レスティオはクォートとエレクに着席を促す。
レスティオの正面、テーブルを挟んで置かれた長椅子に二人は向かい合わせに腰を下ろした。
「俺は形ばかりここにいるだけだから、二人で話をどうぞ。ぁ、お茶は冷める前に飲めよ」
レスティオに促されるも、クォートは風格十分に正面を見据え、エレクは意を決したようで怯えた様子で視線を下げたまま。
壁際に控えるシルヴァもジェウもあえてなにも言うまいと息を潜めて立っていた。
「誰かに私のところへすぐに行けと言われて来たか」
「い、いえっ!昨晩、テトラさんから隊長の娘であると話を聞き、ならば挨拶をしなければと決めました。ですが、私の警備のシフトと隊長の予定が合わず今に至ります」
「結婚を考えているそうだが、ならばもっと早く挨拶を願うべきだったのでは?髪飾りは贈ったのだろう」
「は……はい。その、テトラさんが両親への挨拶はまだいいと、そう仰っていたので、先延ばしに。自分の親も、東部の騎士団所属故普段は中々顔を合わせられず……婚姻の儀に備えて帝都に来る機会が多い今の内に、テトラさんを紹介できればと思っていたところだったのです」
ダノン・ブリッツか、とクォートが小さく呟く。
そっとシルヴァが歩み出てレスティオの後ろに立ち、耳元に口を寄せる。
エレクの父は東部騎士団の部隊長でギブール隊同様に運送を担っている。
今は婚姻の儀に参列する者の移動や、ロデリオへの祝いの品の運送で頻繁に帝都に出入りしている。そして、これから婚姻の儀に向けて部隊を帝都に集め、終了後の一斉移動に備えて暫し滞在するようになる。
更に、その妻、エアリーズ・ブリッツは東部の皇室御用達であるアルテア商会の一員として帝都内のアルテア邸に滞在中。
良くそこまで把握しているなと思いながら片手を挙げると、シルヴァはその場で姿勢を正した。
話を聞いている間にも、エレクは今回の婚姻の儀に間に合えば良かったのですがと震えの止まらない手を握って懸命に言葉を重ねていた。
「いずれは東部へ帰るつもりか?」
「いえっ!私を皇室付き部隊に推薦くださったのはロデリオ殿下です。レスティオ様の護衛騎士選定次第では皇族の護衛騎士にも考えたいとお言葉を賜りまして、その期待に応える為にも帝都で励みたいと思っています」
下位護衛騎士として経験の多いトータン小隊の登用を優先した結果、エレクは今回除外した。
しかし、ロデリオが狙っているとは思っておらず、レスティオは後で話をしようかと一人考える。
「テトラさんは雑貨屋の皆さんととても仲が良い様子でいつも楽しそうに仕事をされていて、そこに惹かれたところもあります。ですから、自分の都合でその場を奪いたくはない、と考えています」
「……ふむ。今は宿舎住まいだったか」
「え?あぁ、はいっ!結婚を考えるならば帝都内に家を借りることになると思いますが、ギブール隊の時の蓄えがありますし、皇室付きの給金であれば今と同程度の暮らしはなんとか維持出来るかと思います」
「ならば、今私が住んでいる家をそのままお前に譲ろう」
「え……」
突然の提案に目を見開く。
「私は妻と末娘と共に筆頭護衛騎士として用意して頂いた屋敷に移ることになった。一週間の内に我々の私物は片付けるので、本気で結婚を考えるならばその後でお前がテトラと共にその家を使うといい」
「え、よ、よろしいのですか……?」
「あるいは、お前がフランドールの名を継ぐつもりがあるのなら、テトラと共に屋敷に来ても構わない。私が重責を担ったが故に、家族には心労を掛けることになる。私もまだ筆頭護衛騎士の立場に慣れぬ身だ。テトラのことだけでもお前が引き受けてくれるというのなら、有難く婚約の申し入れを受けよう」
今後どうするのかは二人で話し合って決めろと言って、ティーカップに口を付ける。
冷めるぞ、と一言言われて、エレクは慌ててティーカップを手に取った。
冷める前に飲めはレスティオの指示だ。飲まない訳にはいかない。とはいえ、震えを堪えて一気に飲み干したエレクにクォートは呆れた目を向けた。
「エレク。皇室付きとなったのだから、多少のマナーは身に着けるべきだと思うぞ」
「ぁ、すみませんっ!緊張でついっ!以後気を付けます」
喉を潤して少し落ち着きを取り戻し始めた様子で改めて姿勢を正した。
「テトラさんとこれからどうするかよく話し合いたいと思います」
「あぁ。実は午前中に筆頭護衛騎士の就任についてと、引っ越しについて話してきたばかりなんだ。なるべく早く会いに行ってやってくれ」
「はいっ!ありがとうございますっ!」
最初は険しい顔をしていたクォートだったが、エレクの表情に安堵した様子で表情を緩めた。
「それと、レスティオ様。もしもの場合、婚姻の儀の枠が空いているのか、ご確認願えますか?」
やっぱり親馬鹿じゃないか、とレスティオは笑った。
エレクの母が皇室御用達の商会に属しているなら、婚姻の儀の準備はそちらに任せるのがいいだろうと添えてシドムに確認を頼むと、エレクは話の展開について行けていない様子でぽかんと口を開けたまま固まった。
「そういえば、ジェウ」
エレクが部屋を出た後、レスティオは机の前の椅子に移動しながらふと思い出して振り返った。
「お前の婚約話はどうなった?」
「どう……とは?」
「側近の現状把握は主の務め。縁談は主が把握し導くもの。マリティアに言われたこと」
シルヴァはレスティオの意志に従うと言い切っているので、良い相手がいれば考えるに留めることにした。
彼の立場もまた、ドーベル家とのお茶会の中で変わることになるから現時点でとやかくいうつもりもない。
だが、ジェウに関して言えば事情が異なる。
「以前話をしていた家から勧められている縁談は?」
「正式な解任を受けていなかったので、保留にしたままです。護衛騎士に選ばれた以上、レスティオ様の御心に従うつもりです」
「ほぉ。以前は御心を煩わせるつもりはない。と言っていたのに」
笑みを向けると硬い表情で沈黙した。
シルヴァは素知らぬ顔で控えている。もうすでに二人の間では話が済んでいる様子が窺えた。
「……実家やアルティザン商会への牽制は煩わせるに該当するかと思ったのですが、その心配はなくなりましたので」
「それだけ?」
「可能ならばレスティオ様にお願い申し上げたいのですが」
どうぞ、と笑顔で促す。
「私は聖ゾフィー帝国聖騎士マリティア様の筆頭側仕えであるシャナ・ウスタル様との縁を望んでおります。遠い縁をこの手で繋ぐことは難しく、御力添えを賜りたく存じます」
練習して来ただろう言い回し。
うんうんと頷くシルヴァを見て、お前かと内心ツッコむ。
縁談の場を整えてくれ、でも、結婚できるようになんとかしてくれ、でも動く用意があるのに余計な気を回すものだ。
「それは構わないけれど。前はそんな気無さそうだったのに、なにかあった?」
「……実のところ、色恋沙汰は本当に苦手でして。どう応えたものかもわからず、正直面倒にすら思っていました。ですが、聖ゾフィー帝国はマリティア様の御心に従い、シャナを嫁がせる準備を整えているとの話も聞いてしまい。そこまでの想いを受けて濁したままとするのも男らしくないと、レスティオ様の護衛騎士に恥じぬよう覚悟を決めた次第です」
「一応本人の意思を尊重するつもりだったはずなんだけど、まぁ、国としてはマリティアの意志を優先するだろうな……」
もしかすれば、既にユリウスらが打診を受けている可能性もある。
護衛騎士を確定させていなかったから報告しなかった、というのは十分にあり得る話だ。
護衛騎士に選ばなければ、誰かが護衛騎士として取り込んだか、あるいは、聖ゾフィー帝国に送り込んだかもしれない。
「話は把握した。皇室を通じて聖ゾフィー帝国へ縁談の打診をしよう。そのつもりで実家には話を通しておけ」
「はっ!有難うございます」
着々と周囲の恋が実っていく。
めでたい限りだと思うと自然と表情が緩んだ。
鼻歌を歌いながら、レナは天幕の中に寝転んでいた。
手元には手帳。1ページ1ページにまとめた男たちのプロフィールをぱらぱらと確認する。
「やっぱりここは、異国の美青年ルートかなぁ。手堅いのは側近とか講師なんだけど」
黒い髪を左肩でまとめるのはレスティオに貰ったヘアスカーフ。
ふふっと堪えきれなかった笑いがこぼれる。
「聖なる者同士の婚姻。絶対大陸中、いや、世界中が祝福するよねぇ」
妄想に涎をこぼしかけて慌てて口元を拭った。
「あぁ……けど、今の私の容姿だといけるかどうか……いや、転移ヒロインは大概素朴な見た目だけど攻略対象にちやほやされるもの。これまでだってそうだったんだもん、レスティオだって私に惚れてくれるはず。うんうん」
ぱたぱたと足を揺らして枕を抱きしめる。
そして、自分を納得させながらも、頬に触れると艶の無い肌にため息が出る。
この世界は以前に転生したディアブロ王国の何倍も文明の発達が遅く、美容法も碌に無い。
マリティアやレスティオの整った肌が妬ましい程だ。
「この世界で、今度こそ幸せになってやるんだから……」
野心に瞳を燃やして、レナは天幕を飛び出した。
「ねぇ、シンシア!レスティオ様とのお茶会はまだ?いつまでも引き籠もっているだけなんてつまらないわ。折角聖オリヴィエール帝国まで来たんだから、ね?」
困った表情をする側仕えにダメ押しで言えば、話をしてくると部屋を出て行った。
「言われる前にやってこそのメイドでしょ。全く、使えないんだから」
これまで騎士の地位が低く適齢期にも関わらず独身が多かったですが、
ここぞとばかりに縁談が決まっていきます。
今が結婚ラッシュなのでベビーブームとか割と重なりそう。




