第8話 公爵令嬢は相談する
クラリッサは眠れぬはずの夜をしっかりと眠って過ごし、素早く身支度を整え朝食を終えた。
その後は自室でひとり本を読む。
ただし集中はできない。
壁の時計を見ては、何度も何度も時刻を確認した。
そうして、時計の針が十一時を示した瞬間。
控えていた侍女のマリアへと視線を向ける。
「お嬢さま、今なら大丈夫です!」
お母様の部屋へと突撃した。
「ようこそ、クラリッサ」
お母様はマリアから話を聞いていたのか、クラリッサの突然の来訪に驚くこともなく、笑顔で迎え入れてくれた。
クラリッサはお母様の向かいのソファに座ろうとしたのだが、隣へと招かれた。
「あの?」
「貴女の相談内容は聞きました」
予想通りマリアが先に話を通してくれていたらしい。
嘘がつけないが仕事は速いのだ。
「婚約者として、自然な触れ合いをということですね」
「……自然? わたくしはどこまでなら問題ないのかを知りたいのです」
壁際で控えているイーディスの静かな咳ばらいが聞こえた。
隣に座るお母様の笑みが深くなる。
「なるほど。マリアは実に素直に貴女の言葉を伝えてくれていたのね」
意味が分からず首を傾げていると、お母様の手がクラリッサの両手を包み込んだ。
「まず、訊きましょう。貴女はどんな触れ合いを望んでいるのかしら?」
「えっと……」
クラリッサは、昨日の気持ちを思い出す。
「アリスさんの目元に触れたいですし、抱きつきたいですし、そうですわ! エスコートも素敵ですけど、手を握って並んで歩きたいです」
お母様から渡される恋愛小説には、デートする恋人たちが描かれていたことを思い出す。
(あとは……)
「膝にも乗ってみたいですわ。それから……何があったかしら??」
恋人たちの行動をひとつひとつ洗い出していく。
「えっと……頬に触れてみたり、額を突き合わせたり……」
言いながら、それをアリスさんとするのかと思うと、心臓がドキドキする。
(アリスさんの額。とっても形が良かったわ。あのアリスさんの額とわたくしの額をこっつんってするのですよね……ああ!! どうしましょう。 耐えられそうにないけれど、こっつんはしてほしい)
あの綺麗な瞳に見つめられながらの、こっつんを想像するだけで一気に熱が上がる。
「あと鼻先のふれあいとか……え? アリスさんのあの鼻とわたくしの鼻で触れ合いますの!? お、お母様、わたくし生きていられるかしら?」
「……かなり声に出しているわね」
「だって。お母様……」
「生きていられないなら、無しにしましょうか?」
「え……でも、鼻先のふれあいって可愛らしくて、ああああ!! 生きていられないかもしれないけれど、してみたいですわ」
「……可愛いわね」
「そうですの?」
「ええ。とっても」
「ん~……だいたいそれくらいかしら?」
クラリッサは、取り零しがないか真剣に考える。
抱きつくも入れたし、手繋ぎも入れたし、膝抱っこも入れた、それから額こっつんに、鼻先ちょんちょんも入れた。あと恋人たちがすると言えば。
「ど……どうしましょう。口づけは……やりすぎでしょうか?」
「あら? したいのね?」
「わ、分かりませんけど……そ、その定番ですわよね?」
「まぁ、そうね。っていうか、貴女の言っているのは口と口かしら?」
「え? 他にもあるのですか?」
「……さぁ、どうかしら?」
お母様の曖昧な返しに、クラリッサは不安になった。
「待ってください! わたくしは初心者ですわ。漏れがあるかもしれません。ですから、今回は第一回目ということで」
「まぁ」
お母様の目が大きくなって、そして口の端が上がった。
「貴女、以前より賢くなりましたね」
「もちろんですわ! ソフィア様に鍛えられていますもの」
生徒のソフィア様がクラリッサを鍛えてくれるのだ。
賢い生徒が、足りないクラリッサを支えてくれている。
「確かに。とても賢くて可愛らしいお嬢さまだったわね」
「はい!」
クラリッサは自信満々に返事をした。
「さて、では貴女の提案通り、第一回にするとして」
「はい」
「今言ったのは、わたくしは許可します」
「はい!」
「いいですか。『わたくしは』ですよ。あとはアリステアさんに許可を得てくださいね」
「……」
お母様はとても素敵な笑顔を浮かべていた。
「わ……わたくしが、アリスさんに確認しないといけない……」
「当然でしょう? 触れ合いには相手が……」
「どうしましょう? なんて訊けばいいのかしら? アリスさんはわたくしと触れ合いたいと思います? どこまでしましょうか? ええええ!! どうしましょう!!」
クラリッサは混乱し、お母様の声が聞こえなくなっていた。
そうして部屋に戻ったクラリッサは、ベッドへと腰を掛け、そのまま後ろへと倒れた。
(アリスさんに……でも、そうだわ……勝手に触れるなんていけないことですもの)
お母様は確認の仕方については教えてくれなかった。
普通に考えれば口頭で訊くしかない。
(……恥ずかしいですわ)
でもアリスさんの意思を無視するわけにもいかない。
(……どうしましょう)
クラリッサは何かいい案はないかと、お母様が貸してくださった本へと手を伸ばした。
いつもの恋愛小説だと、クラリッサは思い込んでいた。
(えええええ!! お母様!?)
話を読み進めるうちに、クラリッサは泣きたくなった。
同時に何故、今渡されたのかも理解した。
理解はしたのだが。
(余計にアリスさんに訊きづらくなってしまったわ!!)
もう、どうしたらいいのか分からない。
かといって、この読書をやめてはいけないのだけは分かる。
だって、お母様はクラリッサに訊いたのだ。
部屋を出る前に。
――貴女、閨の教育は?
――はい、旦那様の言う通りにするんですのよね? お任せですって聞いています。 あ……旦那様は、アリスさん!!
その返しに、お母様は大きくため息を吐かれたのだ。
そして、クラリッサに『これを読みなさい』と渡した。
お母様から受け取った本を読み始めた今なら分かる。
『お任せ』ではダメだったのだ。
(つ、つまり、これは勉強ですの!!)
頬を熱くしながら、クラリッサは必死に文字を追いかけた。




