第9話 公爵令嬢はそれでもなんとか確認する
「お嬢さま、大丈夫ですか?」
週末。
いつものサロンで、クラリッサはアリスさんを待つ。
緊張で体が固まっているし、喉はすでに渇いている。
イーディスが気を遣って水を注いでくれるのを、震える手で受け取って、飲み干す。
「ああ……どうしましょう。無理。もう無理です」
「それでしたら、今日はペンフォード様に確認されなくても、よろしいのでは?」
「そんなこと言ってたら、一生無理だわ」
「そのうち結婚されるだけかと」
「……それまで、待ちたくはないの」
はしたないと言われようと、クラリッサはアリスさんと触れ合いたいと思っている。あんな過激なのではなくて、である。
普通に……
(もう普通がなんだか分からなくなっているのですけど……)
心を落ち着かせることができないまま、アリスさんが到着したことを告げられる。
イーディスが、そっとクラリッサから離れていった。
* * *
「あの!!」
アリステアが席につくなり、彼女が唐突に声を上げた。
それ自体は珍しくもないのだが、ものすごく思い詰めた表情でアリステアを見ている。
テーブルの上へ視線を向けると、紅茶以外に水が用意されていた。
「お嬢さま」
何かを言いかける彼女を、壁際の侍女が止めた。
「まずは、奥様からの伝言を」
「あ……そうでしたわ」
こほんと彼女は軽く咳ばらいをして、背筋を伸ばした。
「あの、今後の話があるそうでして、来週にでも顔を出してくださいませんか?ってお母様が」
「……今後?」
「ええ、わたくしも訊こうとしたのですけど、お母様がその時にって教えてくださらなかったのです」
「そうか」
「……都合はいかがですの?」
「俺一人だけでいいのか?」
「え?」
思い至らなかったらしい彼女は、侍女を振り返る。侍女がコクリと頷いた。
「ええ、アリスさんだけですわ」
「それなら、問題ない」
すると彼女は微笑んだ。
「また、すぐにでも会えますのね」
まっすぐに好意を向けられて、純粋に喜べたのは、そこまでだった。
* * *
「その……アリスさんはどこまでなら良いのでしょうか? わたくし……わがままですし、気づかずにアリスさんの嫌がることをしたくはないのです」
真っすぐすぎて辛い。
ついつい壁際に立つ侍女を見る。
侍女は表情を変えずに、水を注ぐ準備をしている。
(なるほど……)
このために水の入った水差しがいつもより多く用意されているのか。
アリステアはため息をつきたくなった。
それでも、なんとか飲み込んだのは、目の前で顔を赤くしながらも、必死に話す彼女のことを思ってだ。
「……君にされて嫌なことなどない」
「え!?」
なぜ、ものすごく驚かれるのか分からない。
「わ、わたくしと手を繋ぐのも、膝に乗るのも、目元に触れるのも、抱きつくのも、えっとそれから、額こっつんとか、鼻先で触れ合うとか……」
彼女が怒涛の勢いで喋りはじめる。
その内容があまりにも具体的で、想像しそうになり、必死に言葉だけを追いかける。意味を考えてはいけない。考えなくても分かるのだから。
「あと、く……くちづけも?」
震える声で伝えることだろうか?
そこまで恥ずかしそうにするなら、いっそ言わないという選択はなかったのだろうか?
それともそれほどまでにアリステアと……
(ダメだ。考えるな)
「あ、も、もちろん、くちづけというのは、その口と口の」
「説明はいらない!」
アリステアは慌てて、彼女の言葉を遮った。
だが、その一瞬で彼女の唇を見てしまい、勝手に想像が膨らみそうになる。
「でも! 口づけの場所はたくさんありますよね?」
「あ!?」
思わず口をついて出た声は低かった。
それに彼女がびくりと震える。
「ご……ごめんなさい」
「違う。驚いただけだ」
「はしたないと思いました?」
上目遣いでこちらを見ないでほしい。
はしたないとか、はしたなくされるのは、堪らないとか、そんなことしか考えられなくなる。
「……はしたなくは、ないと思う」
嘘だ。限りなく嘘だ。
「嫌いになりません?」
「ならない」
すぐさま返した。嘘ではない。
「わたくし、口づけの場所が唇以外にあるなんて知らなくて……」
「あぁ……まぁ手とか、額とか、つむじとか、髪とか」
言いながら、アリステアの目が彼女の手、額と追いかけてしまいそうになる。
侍女の方へと視線を逃すと、哀れんだ眼差しがアリステアに向けられていた。
「そ、それはわたくしだって知ってましたわ」
「……そうか」
「わたくし……体のあちこちに口づけをするなんて知らなくて……」
「待て!!」
アリステアは手で制止し、侍女を見た。頷かれた。
(最悪だ……)
息を整える。これ以上の話は危険だ。
「まず」
アリステアは、主導権を握ることにした。




