第6話 公爵令嬢は婚約者と散策する
正式に婚約を結び終えると、お母様からアリスさんを庭に案内するよう言われた。
「はぁ……緊張しましたわ」
アリスさんと二人、庭へと出る。
ピンクや白のコスモスが風に揺れている。
「……最後の方はとてもそうは思えなかったけど?」
アリスさんがクラリッサの後ろを歩こうとするので、足を止めて同じ位置に来るのを待つ。
そうして、アリスさんに向けて腕を出した。
「……なんだ?」
「アリスさんにエスコートしていただきたいところですけど、よく考えたらこのお庭を案内するのはわたくしですから、わたくしがエスコート致しますわ」
ぐいぐいっと腕をアリスさんへと押し付ける。
ふっとアリスさんの口元が緩んだ。
アリスさんの大きな手が、そっとクラリッサの腕に乗る。
「ふふ」
「……楽しいのか?」
「もちろん、ですわ」
「そうか」
ブルーサルビア、ヒース、スモークツリー、そして薔薇。
庭の奥、東屋への道を彩る花々。
「広いな」
「そうですの?」
「うちは……この半分ぐらいだ」
「まぁ、そうでしたの。今度案内してくださいませ」
「……狭いけど、いいのか?」
「……?」
意味が分からず首を傾けていると、アリスさんの手がクラリッサの手を捉えて、アリスさんの腕に乗せた。
「あの?」
「道なりに歩けばいいんだろう?」
「ええ」
「君からエスコートを受けるのもいいが、エスコートさせてもらえるか?」
「……うう」
エスコートしている時には、そこまで気にならなかったのに、唐突に距離の近さがクラリッサを襲う。
心臓が早鐘を打つ。
「どうした?」
「心臓が……痛いのです」
「……そうか」
アリスさんはそれだけ返すと、歩きはじめた。
クラリッサに合わせてゆっくり歩いてくれているのが分かる。
嬉しい。もう何もかもが嬉しい。これがずっと永遠に続くのだ。
「アリスさん」
クラリッサは飛びつきたくなるのを我慢して、隣を歩くアリスさんに声を掛ける。
「大好きですわ! あ~ん!! どうしましょう~。六月まで待てませんわ!!」
* * *
待ちきれないと叫んだ彼女は、唐突に走り出した。
アリステアはその後をゆっくりと追う。
本当に可愛くて堪らない。
アリステアのどこを気に入ってくれているのかは分からないが、全身で喜びを表現されて嬉しくないわけがない。
しかも、アリステアの家の狭い中庭だって彼女は何一つ気にしていない。
ただ、アリステアの傍にいられるということを喜んでいる。
彼女をよく知らなければ、何も考えていないだけだと思うかもしれないが、そうではない。
彼女は、いつだって彼女なりに真剣に向き合うのだ。
だから、アリステアもそれに応えなくてはいけない。いや、応えたいのだ。
「アリスさん、どうして追いかけて来てくださらないのです?」
東屋に着くと、彼女はぷんぷんと怒っていた。
「君が向かう先は分かっていたし」
「もう」
「……追いかけてほしかったのか?」
「もう!!」
ぷいッと彼女の顔が横を向く。
膨れた頬に手を伸ばしたくなるが、アリステアはどこまでが許されているのか分からない。
恋人同士ならありだと思う。
その隣に座ることだって躊躇なくしてもいいと思う。
だが、アリステアは彼女と、この先をずっと一緒に過ごしたいのだ。公爵家から『やっぱり無しで』と言われるような行動をとるわけにはいかない。
「アリスさん、お隣に座ってください」
ただし、目の前の彼女の可愛い我儘は聞いてあげたいとも思う。
とんとんと隣を示され、少し距離を空けるようにして座る。
すると彼女の手が伸びてきて、アリステアの前髪に触れた。
「やっぱり……いつものようにはなりませんわ」
「……大した違いはないと思うが」
「きちんと隠せてませんもの」
何を気にしていたのかと思えば、どうやらアリステアの目が守られていないことを気にしていたらしい。これで抱き寄せるなという方が無理ではないだろうか。勿論我慢はするが。
「隠さなくていいし」
「まぁ!! 嫌なんですよね?」
「その他大勢に見られるのが嫌なだけで」
「……あら? そう言えばわたくしに見られるのは別にいいって、以前に仰っていたような……」
アリステアもよく覚えている。
あの時から、彼女がずっと特別だったのだ。忘れるはずがない。
「……そしたら、見ても良いのです?」
彼女の手が止まり、下からアリステアの顔を窺おうとする。
(可愛すぎるだろう)
アリステアは髪を掻き上げた。
* * *
黒い瞳が見えた。
クラリッサの心臓は止まる。
絶対に止まった。
(き……きれいですわ)
それはもう吸い込まれそうなほどに綺麗な、漆黒の瞳。
(これは、誰にも見せてはいけません。わたくしだけ、です)
宝石だ。クラリッサの大事な宝石がそこにあった。
震える指がアリスさんへと伸びる。後ろへ逃げようとするのを追いかけて、そっと目尻を撫でた。
「アリスさんの……目……」
堪えきれなくなって、クラリッサは目の前の体に突撃する。
「え!? ちょ……!!」
倒れ込んだも同然のクラリッサを動揺しながらも、支えようとするアリスさんの腕。
「アリスさん!!」
抱きつきながら、クラリッサはアリスさんを見上げた。
前髪はすでに下りていた。
「ダメです! 誰にも見せちゃダメです!! 宝物は大事に隠さないといけません!!」
クラリッサは大まじめだった。




