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婚約者になった公爵令嬢は、我儘をつき通す  作者: 星見蒼


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第4話 公爵令嬢は飛び出す

「……おかしくないかしら?」


 クラリッサは鏡の中に映る自分を見つめ、後ろに控えているマリアとイーディスに確認する。


「さすがお嬢さまです!! お綺麗です!!」


 マリアは手をパチパチと叩いている。


「ええ。問題ございません」


 イーディスが強い口調で肯定してくれる。


 それでもクラリッサの不安は拭えない。

 今日はペンフォード家との顔合わせ。


「やっぱり、秋らしい色合いにすべきだったかしら」


 今は九月。

 そして、クラリッサが着ているのは、淡い紫色のドレス。

 元々クローゼットにあったドレスに、今回の顔合わせ用としてアジサイの刺繍を施してもらったのだ。

 刺繍は満足のいく仕上がりだったけれど、よくよく考えれば秋らしさはどこにもない。


「え~! もう時間に間に合わないですよ」


 マリアが抗議の声を上げる。


「お嬢さま。とてもよくお似合いですし、なにより、ドレスの色も、アジサイの刺繍も、ペンフォード様から頂いたハンカチに合わせてですよね?」


 イーディスの言葉に、クラリッサは手首に目を落とす。

 そこには、アリスさんからもらった大事なアジサイ模様のハンカチが巻かれている。


(そうでしたわ!!)


 ハンカチだけではない。髪にもアリスさんからもらった青いリボンをつけている。


(完璧ですわ!!)


 クラリッサは、今度こそ満足した。



* * *


 アリステアは、両親そしてソフィアと共に馬車でブランデルウッド公爵邸に向かっていた。

 

 見慣れない街並みに、ソフィアは目を輝かせて窓の外を見ていた。


 やがて、静かに馬車が止まる。

 扉が開き、父が降り、次いで母が父の手を借りて、ドレスの裾を押さえながら降りる。

 そのまま飛び出しそうなソフィアをアリステアは押さえた。

 そして先に降り、ソフィアに手を貸した。


「す……すごいですわ!!」


 ソフィアは大きな屋敷を見て、素直に感嘆の声を上げた。

 きちんと前髪を上げたアリステアの視界にも、豪華なブランデルウッド公爵邸が映った。


(……呑まれるな。いつも通り。平常心)


 アリステアは静かに深呼吸を繰り返す。


「お兄さま、気合が入りますわね!!」


 何故かソフィアは臨戦態勢である。

 だが、アリステアの予想ではこのソフィアは大活躍してくれるはず。


 小さく頷き返すと、ソフィアは『お任せください』と言わんばかりに、己の胸を叩いた。



* * *



(うう……緊張するわ)


 クラリッサの心臓は、バクバクと大きな音を立てている。


 ペンフォード家の皆様がいらっしゃったと、先ほど報告があった。

 クラリッサも一緒にお出迎えしたかったのに、お父様とお兄様たちに大反対され、お母様からは『主役は後から登場しましょうね』と言われてしまった。

 仕方なく、一人で本日の会場となる二階のサロンの入り口で待機していた。

 本当はサロン内にいなくてはいけないのだけれど、落ち着かなくて飛び出したのだ。

 イーディスも、それくらいは目を瞑ってくれている。

 サロンのすぐそばには、一階へと続く階段があり、それを降りれば玄関ホール。

 ……すぐ近くに、アリスさんはいるはずなのに。


 少しでも下の様子が分からないかと、聞き耳を立てていると。


「な……なんなんだ!!」

「誰だ、お前!!」

「偽物だな!!」


 お父様とお兄様たちの声が聞こえてきた。


 クラリッサは飛び出した。



* * *



 アリステアの父と母が、ブランデルウッド公爵閣下と夫人、それからご子息二人と挨拶を交わした。

 次は自分の番だと、アリステアは父の後ろから、ソフィアと共に一歩前に出た。


「お招き……」

「な……なんなんだ!!」

「誰だ、お前!!」

「偽物だな!!」


 公爵閣下と彼女の兄君二人が、一気に興奮状態になった。

 この状況で挨拶を続けていいのか分からない。

 どうしたものかと、公爵夫人へと目を向けると、やわらかに微笑まれた。

 よく分からないが、このまま挨拶を続けようとしたところで。


「え?……どういうことですの!?」


 彼女が階段から軽やかに降りてくる。

 淡い紫色のドレスがふわふわと舞う。

 心の中で妖精のようだなとか、どうでもいいことを考えている間にも、彼女の勢いは増し、アリステアの元へと飛び出してきた。


 伸びてきた手。


「無理はしなくていいのです!! アリスさんの前髪はいつも通りでいいのです!!」


 背伸びまでして、懸命にアリステアの目元を守ろうとしてくれる彼女に、胸が温かくなる。

 気づけば、彼女が前髪を下ろしやすいように、アリステアは頭を低く下げていた。


 視線を落とした視界の隅で、彼女の踵が床に着いたのが見えた。

 アリステアの前髪は、今もぐしゃぐしゃと彼女によって掻き回されている。


(あ~やばい)


 口の端が上がりそうになって、見られるわけにはいかないと口元に力を入れる。

 と、そこでようやく髪にオイルを使っていたことを思い出した。


「手が」

「手?」

「君の手がオイルで汚れる」


 遅まきながら一歩後ろに下がるが、彼女の手が追いかけてきた。


「平気ですの。動かないでください。あ~ダメですわ!! いつもみたいに綺麗なぼさぼさになりませんわ!!」


 必死になっている彼女が可愛すぎる。

 綺麗なぼさぼさとはなんなのだろう。

 

「クラリッサ、綺麗なぼさぼさは諦めなさい」

「でも……」

「とりあえず、アリステアさんの目元は見えなくなりましたから、それで良しとしなさい」

「……」

「そうしないと、婚約の話が進みませんよ」


 公爵夫人の言葉に、彼女の手が止まった。


「それは困りますわ!! アリスさん、これで満足してくださいます?」


 あまりの可愛さに、ため息すら出そうになる。

 アリステアが小さく頷き返すと、彼女は嬉しそうに笑った。

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