第43話 公爵令嬢は推される
「……そなたが、アリステアか」
重々しい声がした。
アーサー殿下の軽い声とはずいぶんと違う。
頭を下げながらアリステアはそう思った。
「クラリッサが叙爵を受けるというのだが、お前はどう思う?」
ソファに座る許しも、顔を上げる許しもない。
頭を下げたまま、アリステアは答える。
「グランデルウッド王国としては、大きな一歩になるかと」
床のグレーの石目をじっと見つめる。
「クラリッサにそれを成し遂げられると?」
アリステアは悩んだ。
どう答えるのが正解なのか。
だが、そもそも取り繕うのが苦手なのだ。
「わかりません」
素直に答えた。
「わからない?」
陛下はゆっくりとそう言った後。
「分からないのに、お前はクラリッサにその役目を押し付けるのか?」
イライラとした声音だった。
彼女がいかに愛されているのかが分かる。
――叔父様とはもう口もききませんわ
「陛下、ブランデルウッド公爵令嬢の役目は、私には担えません」
「情けないことを」
「彼女が成しえるのは、女性初の叙爵です。私は男性です」
「……」
陛下が何も返してこないので、アリステアは戸惑いつつも、言葉を続けた。
「叙爵を受けることはできます。皆様方に『おもちゃだ、紐だ』と言われても、どうでもいいです」
「……どうでもいいのか?」
「ええ。彼女と共にいられるのですから、おもちゃだろうが紐だろうが、どうでもいい話です」
「それなら、お前が『矢面に立つ』と一言クラリッサに言えば、あの子は考え直すだろう? 今からでも遅くはない、自分がやると言え!」
アリステアは、ため息を吐いた。
陛下との謁見中であるにも関わらず、ついついため息を吐いてしまった。
「おい、今、ため息を吐かなかったか?」
「吐きました」
「そこは、誤魔化せ!!」
「……失礼いたしました」
段々とめんどくさくなってきた。
顔を上げるよう言われてはいないが、勢いよく顔を上げた。
陛下が驚いたように目を丸くしている。
「大変無礼ではありますが、話しにくいので顔を上げさせていただきます」
「おい、勝手に決めるな」
「クラリッサが考え直すか、という話ですが」
「お前が、クラリッサと呼ぶな!」
ビシッと指がアリステアに向けられた。
「彼女の性格から考えると、無理かと」
「言い換えればいいというものではない!! ……そこを説得するのがお前の役目だ!」
「しかし、陛下は私を叙爵させたくないと聞いています」
「させるに決まってるだろう!!」
「……それが、遅きに失したのでは?」
「おまえ!! 失礼にもほどがあるだろう? いや、無礼だ!!」
「はい、無礼は承知でこのまま続けます。……陛下が私をおもちゃなどと言わなければ、彼女はこの話を受けることはなかったかと」
「お……俺のせいだといいたいのか?」
「いえ、正確には、陛下と公爵閣下と、その他大勢です」
「……」
「私が周りの目など、どうでもいいと言ったところで、その目は変えられません。彼女が気にしているのは、そこです」
「……だが、お前が表に立たなくても、裏では言われ続けるだけで」
「彼女は私を、表に立たせたくないのです」
「……」
陛下の指がトントンとテーブルを叩いた。
不思議と、その音が響く。
(……音がよく通るように設計されているのか?)
王の威厳を伝える場所だと思った。
「そういうわけで、今さら話を変えることはできないかと」
「……お前は、叙爵したいとは思わないのか?」
「元々、貴族の三男です。予定にはありませんでしたから」
陛下はぐったりとソファに背を預けた。
「アーサーから聞いていたが、本当にマイペースだな」
「恐れ入ります」
「……クラリッサの説得は無理。お前への説得も無理か」
アリステアは、陛下を少しだけ気の毒だと思い、フォローすることにした。
「グランデルウッド王国としては喜ぶべきことかと」
「……分かっている」
「それに」
「……なんだ」
「私は最初に陛下からの問い掛けに『わからない』と答えましたが、おそらく、彼女はきちんと責務を担うと思います」
「……その根拠は?」
首を傾げた陛下に、アリステアは自信をもって伝えた。
「真面目で一生懸命。形だけと言われても、真剣に向き合う、それが彼女です」
そう返すと、陛下はしばらく押し黙り。
しっしと手でアリステアを追い払う。
「では、失礼します」
「二度と来るな」
「はい」
呼んだくせに、とは思わなくもなかったが、アリステアとしても、二度と訪れたいとは思わなかった。




