第44話 公爵令嬢は業務連絡を受ける
「アリステア~、父上と謁見したんだって?」
陛下と会った翌日、昼休憩の時間に、アーサー殿下が現れた。
図書館の地下、休憩室に栗色のカツラを被って。
ウィンスロー先輩が、昼食を喉に詰まらせる。
ゲホゲホと音を立て、トントンと胸を叩いている。
「あ~ごめんね、驚かせて。でもさぁ、びっくりだよ。君も一緒に話を聞いて」
アーサー殿下はウィンスロー先輩を気に入っているらしい。
同席を求めた。
いや、そもそも勝手にやって来たのだから、遠慮すべきは殿下の方である。
「アリステア、父上に言い返したんだろう?」
「別に質問に答えただけです」
「え~、でも顔を上げろと許可も与えてないのに、顔を上げたって聞いたよ」
「……めんどくさかったもので」
そう返すと、アーサー殿下が笑う。
ウィンスロー先輩があんぐりと口を開けた。
「分かる、分かる。僕も面倒だったもん。クラリッサの叙爵の話に全然納得してくれなかったんだよ?」
もう一度ウィンスロー先輩へと目を向けると、この間のように片耳を押さえ始めた。
「ああ、大丈夫。どうせ正式に発表することになるから」
殿下の言葉に、ウィンスロー先輩はのろのろと手を下ろした。
「でもさぁ、父上、落ち込んだんだよ~。クラリッサも説得できない、君もダメ。君に至っては、あの部屋に呼んで二人きりで話すという作戦に出ても、説得できなかったって」
「……それは失礼しました」
「おかげで話はトントン拍子に進んでるんだけどね」
「……進んでいるんですか?」
にこりとアーサー殿下が笑う。
「うん。本人たちにやる気があるんだもん。王家としては、そもそも何とかしたかった話だしね。母上もベアトリス嬢と一緒に、父上をつついてるよ」
「……そうですか」
「その父上も、クラリッサのためならと、一生懸命準備を始めてるから」
「ありがとうございます」
「うん。……っていうか、まぁ本当は俺たちの方がお礼を言わないといけないんだけどね」
アリステアは驚いて、アーサー殿下をまじまじと見てしまった。
「君たちがいてくれて、助かるよ」
彼は少しだけ真面目な調子でそう言うと、立ち上がった。
「それじゃ、あとはゆっくりして」
「……殿下?」
「うん?」
「もしかして、それだけのために来たんですか?」
「まさか。……君と話したいなぁって思ってね」
アリステアは目を丸くした。
アーサー殿下にはアリステアの表情の変化など分からないだろうが。
「ウィンスローくんだっけ?」
「え……は、はい」
「アリステアと仲良くしてやってね?」
「あ、はい?」
何故か殿下は笑って、そして今度こそ去っていった。
* * *
午後、アリステアが図書館の一階へと上がると、ちょうど彼女の姿が見えた。
書架の間をウロウロとしている。
目当ての本を探しているのだろう。
ピンクブロンドの髪には、アリステアが贈った濃い茶色のリボンが揺れている。
アリステアは少し考えてから、彼女の元へと近づく。
ヴィヴィアンが先にアリステアに気づいた。
ぺこりと頭を下げられる。
クラリッサは今も熱心に、本を選んでいた。
「クラリッサ」
ビクッと彼女の肩が揺れた。
ゆっくりと彼女が振り返る。
ローズピンクの瞳が大きく見開かれて、ふわりと微笑まれる。
「アリスさん!」
(あ~……可愛い)
アリステアは口元を押さえる。
「どうしましたの? 何かありましたの?」
笑顔が一転、心配そうに声を掛けられる。
その可愛さに手を伸ばしたくなるのを、ぐっと我慢する。
「いや、さっきアーサー殿下が来て」
「え?」
「例の話が本格的に動いているって聞いたから、一応知らせようかと」
「……まぁ、そうでしたの」
何故か声のトーンが下がった。
「クラリッサ?」
「……その、アリスさんに何かあったわけでもなく、安心すべきだとは分かるんですけど」
彼女の口元が少しだけ不満そうに歪んでいる。
「業務連絡でしかなかったってのが……ちょっとがっかりしているんです」
「あ~……」
天を仰ぐ。
「……その、すまなかった」
「いいえ。必要な連絡ですものね。分かってますわ」
自身に言い聞かせる様子が、余計にアリステアの胸に響く。
(くっそ、どうしてここは職場なんだ)
人目があったとしても、職場でさえなければ彼女ともっと近づけるのに。
「でも、アリスさんに会えてうれしかったですわ」
最後には笑ってくれる彼女が本当に可愛くて。
(やっぱり職場で声を掛けるのは止めよう)
アリステアは心に決めた。




