第42話 公爵夫人は白旗を上げた
クラリッサの主張を聞き、説得できないと感じた公爵夫人は、彼女に退室するよう伝えた。
娘の背中がドアの向こうに消えたのを確認してから、ため息交じりに呟く。
「あれは、もう無理ね」
「……アリスさん。アリスさんって、なんなんだ!!」
夫はわなわなと震えているが、そもそも夫と弟がアリステアの叙爵をさっさと決めていれば良かったのだ。
そしたら殿下に、いや、ベアトリス嬢にこんな提案をされることもなかっただろう。
「しょうがないでしょう。あの子はそれぐらいアリステアさんが好きなんですから」
「うぬぬ」
ぐるぐると夫の喉元で音がした。
なだめる為に手を当てて、優しくさする。
「……ヴィクトリア」
情けなくも歪んだ顔。
はいはいと、頭を撫でると、膝の上に乗せてきた。
「いいですか。これは貴方の落ち度です」
「……はい」
「それに、ベアトリスの指摘は間違ってはいません。グランデルウッド王国としては、おそらく最適な方法だと思われます」
元王女の立場で考えれば、クラリッサの叙爵には諸手を挙げて賛同する価値がある。
クラリッサが貴族としての責務を本当の意味で担えなくても、その立場にいるだけで意味があるのだ。
「そして、アリステア・ペンフォードには、クラリッサを支える力があります」
頭の良さだけではない。
共に生きていく覚悟と、ぶれない芯。
「貴方も、クラリッサの父としてではなく」
「……分かっている。分かってはいるが」
ぎゅうっと腰に巻き付く腕の力が強くなる。
「でも、クラリッサは可愛い可愛い娘なんだ」
その言葉に、公爵夫人の口元が緩む。
クラリッサがアリステアを大好きなように。
公爵夫人も、この子供じみた可愛い旦那様が大好きなのだ。
「ええ、そうですわね」
娘と同じピンクブロンドの髪を梳く。
やわらかくて心地よい。
「わたくしと貴方の、大事な宝物ですわ」
* * *
アリステアは定時に仕事を終え、図書館の地下から一階へと階段を上がる。
腕には外套。
暦はすでに十二月。
今年はなかなか雪が降らなかったのだが、ここ数日でちらつくようになった。
図書館を一歩出たところで、腕を掴まれた。
「アリステア様」
相手はロビンだった。
「え? ……クラリッサになにかあったのか?」
アリステアの従者予定ではあるが、現在は公爵家の使用人だ。
「いえ、そうではありません」
その言葉にほっとしたものの、そうではないということは?
「公爵家からの呼び出しか?」
「……陛下からの呼び出しです」
アリステアは眩暈がした。
まさか陛下から直々に呼び出されるとは思ってもいなかったのだ。
* * *
公爵家の馬車で王宮まで向かう。
ロビンは何も喋らない。
その整った顔をじっと眺める。
「……何か?」
「いや。ところで、なんの話かは?」
「聞いてはいませんが、クラリッサ様の叙爵の話か、アリステア様に文句を言いたいのか、その両方か」
「予想は同じだな」
「……他に何か考えられますか?」
「ないな」
はぁとアリステアはため息を吐く。
昨日、クラリッサから可愛い恋文第二弾を受け取り、浮かれていた気持ちが一気にしぼむ。
(いや……あんな可愛い手紙を貰えるから、この扱いか)
それなら仕方がない、とアリステアは自分の運命を受け入れた。
* * *
謁見の間という、物々しい場ではなく、個室に通される。
とはいえ、王宮の、それも陛下が利用される部屋なのだから、豪華というか重厚だ。
天井は高く、描かれている文様も細かい。
壁には『始まりの王』の肖像画もある。
その隣にあるのは、『始まりの王の弟』、筆頭公爵家の祖先の姿。
――この段階で威圧されているとしか思えない。
自分には過ぎた相手との婚約だと。
(そんなことは分かり切っている)
だからこそ、アリステアは諦めていたのだ。
実ることのない想いだと。
だが、それは奇跡的に実ったのだ。
腐らせることなんて、もうできない。
「陛下がいらっしゃいます」
どこからともなく声がして、扉が開いた。
アリステアは、座っていたソファから立ち上がった。




