第41話 公爵令嬢は立ち上がる
アリスさんからお手紙を貰った翌週。
「ソフィア様、これ、アリスさんに渡して頂けます?」
授業を終えたクラリッサは、アジサイ柄の封筒を手帳から取り出した。
「まぁ、もちろんですわ。クラリッサ先生」
ソフィア様はにこにこと受け取ってくださった。
そうしてペンフォード家を後にし、とくに寄り道をせず、公爵邸に帰宅。
自室で明日の授業の準備をしていたところに。
「クラリッサ!!」
ノックもせずにお父様が現れた。
「貴方! 淑女の部屋のドアを勝手に開けるなんてどういうことですの!!」
追いかけてきたお母様がお父様を叱っている。
「そ、それは悪かったが……いや、でも!!」
「落ち着きなさい!!」
お母様の一声でお父様は大人しくなる。
そして、お母様はお父様を押しのけて、クラリッサの目の前まで優雅な足取りで来た。
「クラリッサ。報告の重要性はこの間、教えましたよね?」
「え……ええ」
こくりと頷いたものの、お母様が何を言いたいのか分からず、そのまま首を傾げてしまう。
それを見たお母様が、はぁとため息を吐いた。
「クラリッサ。今すぐ話があります。ここではなくて、お父様の執務室に来なさい」
そう言ってお母様は踵を返し、後ろに立っていたお父様の背中を押して、部屋を出て行った。
* * *
机の上を片付けてから、お父様の執務室へ向かった。
お母様とお父様はソファに並んで座っていて、クラリッサを待ち構えていた。
テーブルの上には紅茶と、水の入ったグラス。
水差しも用意されていた。
「クラリッサ」
お母様の目が座るようにと促すので、それに従い、向かいのソファに腰を掛けた。
「……あの、お話とは?」
「貴女、アーサー殿下から何か話をされていたのではなくて?」
クラリッサはそこまで言われてようやく、ピンときた。
「あ……ああ!!」
(ど……どうしましょう。アリスさんの恋文の威力が強すぎて、全部忘れてたなんて言えない)
いくらクラリッサとて、叙爵の話がそんな軽く扱われていいものではないことぐらい分かる。
だらだらと冷や汗が背中を流れる。
「なるほど? 貴女は報告の必要性を忘れていたわけではないのね?」
だが、お母様は全てお見通しである。
目がとても細くなっている。
口の端は上がっているが、全然笑っていない。
(……こ、怖いですわ)
「ねぇ。クラリッサ。そんな貴女が貴族家の当主になれるのかしら? 責任を担えると?」
お父様がお母様の顔色を窺いつつも、隣で頷いている。
「……申し訳ありません」
そう返すと、お父様の表情が緩んだ。
「ああ。そうだろう。そうだろう。クラリッサには荷が重い。叙爵の話は無しだな」
もうこれで話は決まったとばかりに、立ち上がろうとするお父様を、クラリッサは制止した。
「いいえ!」
お父様の動きが止まり、お母様は細い目のままクラリッサを見据えている。
「わたくしに荷が重いとは思います。それでも引き受けます」
「クラリッサ!!」
お父様が叫ぶが、ここで負けるわけにはいかない。
「お父様、叔父様がアリスさんのことを『クラリッサのおもちゃ』と呼んでいるそうですわね?」
「そ……それは」
ひくっとお父様の頬が引きつる。
だがすぐに、開き直った。
「仕方ないだろう? 可愛い可愛いクラリッサと、すぐにでも結婚しようとするんだぞ!! おかしいだろう? クラリッサはまだまだ家にいるべきだ」
「意味が分かりませんわ!!」
「手元に置いて、まだまだ成長を一番近くで見届けて」
「……お父様、わたくし、もう子供ではありませんわ」
「ま、まさか!! あの男、手を出したのか!!」
「ええ!! 手を……」
繋いだと続ける前に、お父様が叫び出す。
「ああああ!! なんだと!! 許せん!!」
「まぁ? わたくしたち婚約者ですもの。それも相思相愛の!!」
「婚約者だからといって、何をしてもいいわけではない!!」
「お母様の許可は得てますわ! 服を着ていればいいって」
「はぁ!? ふ……服を着たまま!?」
「当然ですわ! お父様こそ何を仰ってますの?」
「と……当然!? 信じられん!! あの男!!」
にらみ合う両者の間に、扇子が現れ、パチンと音を立てて閉じられた。
「二人とも、なんの話をしているのですか?」
お母様の静かな声が割って入った。
「今、問題としているのは、そんなことではないでしょう?」
いい加減になさい。
響き渡る王者の声に、お父様とクラリッサは身を縮めた。
「で、貴女は、本気だというのかしら?」
「ええ。お母様」
「今の話を聞いていて、まったくそうは思えなかったのですけど?」
「……わたくし、アリスさんを守りたいのです」
クラリッサはまっすぐにお母様を見た。
「どういうことかしら?」
パチン、パチンと扇子の音がする。
これはお母様が感情を抑えているときの癖。
「殿下からは、アリスさんが叙爵を受ける予定だったと聞きましたわ」
「……そう」
お父様は黙っていたが、眉間に皺を寄せている。
「ですが、お父様も叔父……陛下も反対されていらっしゃるとか」
「それは!!」
「ええ、そうね。でも、二人ともくだらない駄々を捏ねているだけよ? それを真に受けて貴女が肩代わりをする必要はないわ」
「いえ。それだけではありません」
「……」
「アリスさんは、他の貴族からも心無い言葉を浴びせられるのですよね?」
お父様の眉間の皺が少しだけ緩んだ。
隣のお母様の眉間の皺が濃くなる。
扇子が、静かに閉じられた。
「ええ。そうね」
「わたくしは……」
「でも、アリステアさんはそれを承知で貴女との結婚を求めたのよ?」
「え?」
クラリッサは驚いた。
唖然と口を開けてしまう。
「アリステアさんは、最初から覚悟の上で貴女といることを決めているの。だから、貴女がそれを気にする必要は……」
「それなら、なおさらです!!」
クラリッサは立ち上がった。
「どうしてアリスさんだけが引き受けるんですの? わたくしがアリスさんの負担を軽くすることの何がいけないのです?」
「あのね、わたくしは貴族としての」
「わたくしとアリスさんの二人で、貴族としての責任を背負いますわ」
「……」
「アリスさんなら、一人で充分背負えるでしょう。でもわたくしだけでは、足りませんわ」
「ええ……そうね」
「ですから、わたくしはアリスさんに助けてもらって、形だけ、わたくしが叙爵するのです」
「……アリスさんは貴女を助ける、と言っているの?」
クラリッサは首を横に振る。
そこまで細かい話はしていない。
でも。
「助けてくださいますわ。アリスさんですもの」




