第40話 公爵令嬢は採点できない
バタバタと自室へと走る。
そのままベッドへと飛び込もうとしたのに、マリアに突撃してしまった。
「お……お嬢さま~、いくらなんでも危ないです」
「クラリッサ様、淑女は廊下を走りません」
ヴィヴィアンが後ろから早足で追いかけてきた。
「だ、だって!! だって!!」
クラリッサは興奮冷めやらない。
突撃したマリアに抱き着いて。
ぎゅっとする。
「マリア……やわらかいわ」
「褒め言葉として受け取ります」
「ああ……落ち着く」
慣れた匂いとやわらかさにクラリッサは徐々に落ち着きを取り戻す。
意識的にゆっくりと歩き、机へと向かう。
椅子に座ると、ペーパーナイフを手にした。
ピッと封を切り、中から手紙を取り出した。
親愛なるクラリッサ
まずは手紙をありがとう。
それと、君の提案に乗って、『業務連絡用』と『恋文用』を分けることにした。
こちらは『恋文用』ということで、新しく便箋を買ってみたのだが、気に入ってもらえるだろうか?
店員は『猫』なら、だいたい問題ないと言った。
紫陽花にしようかとも思ったのだが、それは君のものな気がして。
それなら君がハンカチに刺繍してくれた『モグラ』を、と探してみたが、見つからなかったので、『猫』にした。
正直、恋文なんて初めて書くので何を書いたらいいのか分からない。
君が書いたように、書くなら。
好きなところか。
(……待ってください)
クラリッサはそこで、一旦手紙から視線を上げた。
すーはーと大きく深呼吸する。
次に来るであろう、衝撃に備えて、である。
ローズピンクの瞳はいつも輝いていて可愛いと思うし、楽しそうな笑顔がとても好きだ。
それが自分に向けられていると、嬉しいし、君の言う通り、ドキドキもする。
手を繋ぐのにも勇気がいるし、君が近くにいるだけで、顔が熱くなる。
前髪が長くて君には気づかれていないかもしれないな。
(ず、ずるいですわ!!)
色んな意味でクラリッサはそう思った。
かといって、あの前髪を上げさせて、黒曜石の瞳を直視する勇気はまだない。
(でも、いずれは慣れなくては)
ぐっと気合を入れつつ、クラリッサは手紙を読み進める。
いつ何時だって君は可愛いから、どうしたらいいのか分からなくなる。
それでもずっと傍にいたいと思うし、君と出会えて良かったと思う。
君が、俺を諦めてくれなくて良かった。
あの『先生になってください』を引き受けていなければ、君を知ることもなく、こんな幸福も知らずにいたのだなと思うと、諦めなかった君には感謝したい。
ああ、思い出したな。
君が授業を抜け出して、俺を捕まえたことを。
ほんの一年前のことなのに、とても懐かしい。
(ふふ……そうでしたわ)
逃げるアリスさんを捕まえるために、クラリッサは必死だった。
捕まえることができて、本当に良かった。
クラリッサは、手紙へと視線を落とした。
いつまでも、俺のことを捕まえていてほしい。
(え……こ、これは本当にアリスさんですの?)
君のアリステアより
(そんな衝撃的な終わり方ってあります!?)
クラリッサはあまりのことに震えた。
手紙を握りしめたままガタガタと。
「く、クラリッサ様?」
「お嬢さま?」
ヴィヴィアンとマリアが心配して駆け寄ってくる。
だがクラリッサはもう無理だった。
二人を押しのけて、ベッドへと倒れこむ。
「酷い。ずるいですわ」
クラリッサの見本の恋文をはるかに上回る出来栄えだ。
「ううううう!! こんなのずるいですわ」
クラリッサは苦しくて嬉しくて。
ゴロゴロとベッドを転がった。




