第39話 公爵令嬢は休戦を申し入れる
サロンの予約をして、クラリッサたちは文具店へと来た。
アリスさんはいつもここで、お買い物をしているそうだ。
落ち着いた雰囲気のお店で、とってもアリスさんらしい。
「ところで、何を買うんですの?」
「鍵付きの箱か、引き出しだな」
「書類をしまうものですわね」
「……」
アリスさんが足を止めた。
今も手を繋いでいる状態なので、当然クラリッサも立ち止まる。
「君からの手紙を仕舞おうかと思って」
「……」
叫び出さなかった自分を褒めたい。
というか、心臓が止まって声も出せない。
「クラリッサ?」
ここで名前呼びは卑怯だ。
とどめを刺しにきているとしか思えない。
クラリッサは勢いよく、手を振り払った。
「アリスさん、一旦休戦しましょう」
そう言うと、アリスさんがふっと笑う。
(く、悔しいですわ!!)
* * *
名前を呼ぶだけで動揺する彼女が、とてつもなく可愛い。
アリステアとしても最初は勇気がいったのだ。
でも、一度呼ぶと、空気のように馴染んでいく。
そして、一音一音が彼女を構成するものとして、愛おしい。
今までなぜ呼ばなかったのか、とさえ思った。
「こっちの箱はどうでしょう? あ、アリスさんはやっぱり紺とか黒とかがいいですの?」
「そうだな。色は紺で……シンプルな方がいい」
「鍵は絶対ですわね」
「……ああ」
休戦中のため、手は繋いでいない。
彼女のやわらかい手は箱へと伸び、開けたり閉じたりを繰り返す。
使い勝手の良さも確認してくれているらしい。
(まったく……)
いつだって真剣。
出会ったときからそれは変わらない。
そんな彼女をアリステアは好きになったのだ。
「箱なら、こっちと、こっちがいいと思いますわ。あ、でも、お手紙入れなら立てて入れられる、もうちょっと深くて狭い方がいいかもしれませんわ」
「今のところ、君の手紙専用だから、その方がいいな」
「……アリスさん。休戦だって言いましたよね?」
「名前も呼んでないし、手も繋いでない」
「それでもダメです。反則です」
そう言うが、彼女はいつだって反則だ。
今も少し下からアリステアをじろりと睨んでいるが。
(可愛い)
としか思えないのだから、彼女の方こそ反則だ。
「深い方か……」
「ええ。……あの、わたくしもアリスさんのお手紙専用に箱を買ってもいいでしょうか?」
「それは反則ではないのか?」
「アリスさんが反則したので、反則返しです」
手を繋ぎたくなる。
我慢できずに、彼女へと手を伸ばす。
「アリスさん!?」
「反則返しの返しだな」
「もう!!」
だが、彼女は今度は振り払うことはなく、二人で仲良くお互いの箱を選んだ。
* * *
サロンでのアリスさんとの夕食はとても楽しかった。
いつもよりも遅い時間。
ちょっと前までは、夕日が傾けば終わりだった。
でも今は、月が顔を出しても一緒にいられる。
それでも、やっぱり終わりの時間が来る。
(でも……それも来年の六月になれば……)
アリスさんと手を繋ぎながら、サロンの馬車寄せへと向かう。
今は、ここでお別れ。
「クラリッサ」
馬車に乗り込む直前に、アリスさんに呼び止められた。
振り返ると、紺色の封筒を渡される。
右下に星と月、それから猫が描かれている。
アリスさんらしくない、ちょっと可愛い封筒だ。
「……これは」
(も……もしかして、お返事?)
ドキドキしているのに、アリスさんはさらに追撃してきた。
「クラリッサ先生に、課題の提出」
いたずらっぽい言い方に、クラリッサの心臓が再び打ち抜かれた。
アリスさんはここ数週間で、なんだかレベルアップしている気がする。
「ちゃ、ちゃんと採点して差し上げますわ」
クラリッサの返しは全然スマートでなくて、本当に悔しい。
けれど。
「ああ、頼む」
アリスさんのやわらかな声が耳に心地よくて。
もっとずっと一緒にいたい、ってクラリッサは思った。




