第38話 公爵令嬢は怒涛の攻撃を受ける
「……今、こうしている間にも、後ろにいるということですのね?」
アーサー殿下は帰る間際に、『君には影がついているから』とクラリッサに告げていった。
意味が分からず首を傾げていると、『説明は任せた』とアリスさんの肩をポンとした。
アリスさんは『え? 説明は殿下がするのでは?』と唖然としていたけれど、『急いでいるから、頼んだよ~』と殿下は帰っていった。
アリスさん曰く、クラリッサはブランデルウッド公爵家の娘だから、専属の『影』が常についていて、危険が及ばないように守られているらしい。
誰かに見られているというのは、ちょっと嫌な気持ちになったけど、『アリスさんの危機』にも気づくことがあると教えてもらって、それなら是非ともついていてくださいと思った。
でも、気になるものは、気になる。
うぬぬと唸っていると、アリスさんが立ち止まった。
今、クラリッサ達は森のお屋敷から孤児院に向かっている。
「……手を繋ごうか?」
「え?」
「そしたら、『影』のことは気にならなくなるだろう?」
クラリッサはあまりの破壊力に息を止めた。
まさか、アリスさんがそんな手法に出るとは思わないではないか。
アリスさんの皮を被った偽物かと疑ってしまう。
けれど、クラリッサのことを気遣っているから、たぶん本物だ。
おそるおそる手を差し出せば、ぎゅっと握られた。
「繋ぎ方を変えてもいいか?」
「え?」
アリスさんの少し硬い指が、クラリッサの指を撫でる。
恋人繋ぎのことだと気づいて、頬の熱がさらに上がる。
「……き、訊かないでください~」
恥ずかしい。恥ずかしすぎる。
クラリッサは思わずアリスさんの肩口に額を置いた。
逆に密着していることには気づかなかった。
だってそれくらい恥ずかしかったのだ。
「あ~……悪かった」
ぽんぽんと頭を撫でられた。
そこでようやく距離の近さに気づき、慌てて離れた。
が、恋人繋ぎをしていたので、腕の長さの分だけ距離が空くのみ。
アリスさんの温かさは、手を通して伝わってくる。
「どうしましょう~。影なんてほんとにどうでもよくなってしまいましたわ」
「狙い通りだな」
「アリスさんは策士ですわ!」
クラリッサ達は改めて、孤児院へと向かった。
* * *
「お兄ちゃん!」
アリステアたちが孤児院に到着すると、門のすぐ近くの畑でしゃがんでいたルカが気づいて飛び出してきた。
「やぁルカ」
「どうしたの? 今日はまだおひるのじかんじゃないよ?」
「ルカ! どうした……って、なんでお前たちが?」
ガイとニコがいつものようにルカを追い駆けてきた。
アリステアたちに気づくと目を丸くしている。
彼らにも軽く手を挙げて挨拶をし、飛びついてきたルカの頭を撫でる。
「ルカ、今後、書庫の本は孤児院に持ち帰っていい」
「……でも、取られちゃうって」
ルカが、ガイとニコに視線を向ける。
「使用人はもういないだろう?」
アリステアがガイに確認をすると、ハッとした表情が彼に浮かぶ。
「ああ……ここ数日アイツらがいなくて」
「院長が変わったんだ。正式な通達はすぐには出ないだろうが、彼女が……」
そこでアリステアは、言葉を止めて。
「俺の隣にいる、クラリッサがここの院長になる」
「え?」
「え?」
クラリッサの声とガイの声が重なる。
アリステアは敢えて彼女の声の方は無視した。
「だから、物を盗られる心配はしなくていい。あと、今後のために、孤児院を案内してほしいんだが、ガイ、頼めるか?」
「全然展開についていけないんだけど……ってか、あんたの隣の院長が放心しているけど、役に立つのか?」
「……大丈夫。たぶん、すぐに戻ってくると思うし、こう見えて、かなり頼りになる」
「とてもそうは思えないけど。……本当に院長が変わったんだよな?」
「まぁ信じられないなら、信じられるようになってから、お前たちは行動を変えればいい」
「……分かった。あのお屋敷より狭いけど、案内してやる」
そう言って、ガイが背中を向けた。
アリステアは、動きが鈍いクラリッサを引き連れて、彼の後に続いた。
* * *
「アリスさん!!」
馬車の中で彼女は唐突に声を上げた。
隣で物凄く怒っています、という雰囲気を醸し出している。
「酷いですわ! どうして今ですの! わたくし全然、孤児院のこと覚えてませんわ!!」
孤児院を見終わり、今は帰路に就いている。
馬車に乗っても、しばらく呆然としていた彼女だが、ようやく意識を取り戻したのだろう。
「恋人繋ぎだけでも衝撃的ですのに!!」
「……クラリッサ」
敢えて小さく呟けば、どんどんと胸を叩かれた。
かなり痛いが、まぁしょうがない。
「もう!!」
顔が真っ赤で本当に可愛い。
止まらない攻撃に、彼女の手首を掴んだ。
「酷いですわ。本当にもう!!」
ぷいっと横を向かれてしまった。
アリステアは躊躇いつつも、彼女に提案する。
「ところで、まだ時間があるなら」
「……わたくし怒ってますの」
「買い物に付き合ってほしいのだが」
ぴたりと、彼女の動きが止まる。
ゆっくりと首が動いて、アリステアを見る。
ローズピンクの瞳が真ん丸に見開かれている。
「ま、まさかのデートのお誘いですの!?」
そう言われると、アリステアまで妙に意識してしまう。
「そ……うなるな」
馬鹿みたいに二人でモジモジしてしまう。
絶対に向かいのロビンに馬鹿にされていると思う。
というか、その隣のヴィヴィアンの視線がなんか妙に気持ち悪い。
「時間はまだまだ、まだまだ、ありますわ!! あ! お買い物ついでに久しぶりにサロンに行きません? 遅くなっても、もういいのですよね!?」
「ああ……そうだな。夕食も共にするなら、事前に公爵家に知らせを入れておこう」
「ええ!! 嬉しい!!」
彼女が喜んでいるのを見ると、当然ながらアリステアだって嬉しい。
「では、買い物の前にサロンに予約だけ伝えて、その流れで公爵家にも知らせを」
「ええ、あら? 影の方にお願いしてはダメなのかしら?」
「……それは影の仕事とは違う」
「でも、よく考えたらアリスさん……」
「……あれは、非常事態だから」
「そうでしたわね」
彼女は納得してくれて、そして嬉しそうに子供みたいに足をバタバタさせていた。




