第37話 公爵令嬢は手を挙げる
ベアトリス嬢の提案が実現すれば、グランデルウッド王国史上初の話となる。
この国では、女性が爵位を継いだことも、新たに爵位を授けられたこともない。
明確に禁止をされているわけではないが、その記録はない。
「本気で仰っているのですか?」
思わずアリステアが確認すれば、ベアトリス嬢に当然とばかり頷かれた。
その隣では殿下が満足げに微笑んでいる。
「わたくしは別に構いませんけど。でも、どうしてアリスさんではダメなんですの? どう考えてもわたくしよりアリスさんの方が適任ですのに」
構いません、という彼女の言葉にアリステアは眩暈を覚える。
だが、女性二人の話は続く。
「ええ。ペンフォード様が優秀なことはわたくしも存じております。ですが、ここは敢えての女性初の当主を目指して頂きたいのです」
「……女性初?」
(やはり気づいてなかったか……)
アリステアは内心でため息を吐く。
向かいでは、ベアトリス嬢が淡々と説明をしている。
「我が国では女性が当主になることは勿論、文官になることもできません」
「……あれ? そうでした? 文官試験は女性も受けられますよね?」
「ええ。ですが、誰一人、最終選考を通過していません」
「能力が足りないのではなくて?」
「残念ながら、そんなことはないよ。優秀な女性は何人もいた。でも採用されない」
殿下にしては珍しく真面目な声音だった。
この問題に殿下も頭を悩ませているのだろう。
「どういうことですの?」
「きちんと選考基準に達していても、どうみても難癖のようなもので切られるんだ」
「……意味不明ですわ」
「その通りだよ。だから、いっそのこと、僕の側近に女性を置こうとも思ったんだけど」
「……それはまた微妙な問題を生みそうですね」
思わず口を挟んでしまったアリステアに、殿下が『そうなんだよね~』と言う。
「その微妙な問題もテキトーに躱せそうな候補が一人、いや、二人いたんだけど」
にっこりと笑った殿下の言葉に、アリステアは悟った。
「片方は家庭教師、片方は僕の婚約者になっちゃったから」
「まぁ、そうですの」
自分が名指しされていると気づいていなそうな相槌は隣から。
「そういうわけで、というか、そもそもクラリッサが結婚するにあたっては、アリステアを叙爵する必要があるんだよ」
「……あ~」
確かに、筆頭公爵家の令嬢を爵位を持たない男に嫁がせるわけにはいかないのだろう。
「それなのに、父も叔父上も反対しててさ、まぁ最終的には頷くだろうことは分かってたから、放置してたんだけど。どうせなら、この騒動に便乗して、クラリッサを叙爵して、女性の地位の向上に繋げちゃおうかってのが、ベアトリスの考え」
「……しかし、それは彼女の負担になります」
アリステアがちらりと隣を窺えば、目を瞬かせて必死に考えているであろう彼女の姿があった。
「まぁ……負担が無いとは言えないな」
「あの、わたくし、家庭教師は続けられますの?」
はいっと手を挙げた彼女に、ベアトリス嬢は勿論です、と答えた。
「言い方は悪いですが、形だけの前例で良いのです。領地もありませんし。ただ、貴族会議には出席していただきたいとは思ってます。そこで実質的な責務を与えようとは思いません」
「しかし……」
「ペンフォード様、クラリッサ様であれば、陛下も、それからクラリッサ様の父君、兄君も彼女を守ってくださるでしょう。表立って強く言える貴族はいません。……クラリッサ様以外に、初の立場に立てる方はいません」
言いたいことは分かる。
分かるが。
「アリスさんは反対ですの?」
「……君は、色々言われても平気なのか?」
「色々……」
「そうだ。女性で初の当主となれば、表では言われなくても、裏で口さがない連中が何を言うか分からない」
「それは、仕方のないことですわよね? わたくし、別に実力で……って待ってください」
はいっと何故か彼女がまた手を挙げた。
ベアトリス嬢が『どうぞ』と発言を促す。
「もしかして!! アリスさんを叙爵したら、あれやこれや言われるんですの? 実力も伴ってますのに!?」
唐突によく分からない方向に彼女が進み始めた。
それに気づいたのは当然、目の前の二人も、である。
二人揃ってにんまりと笑った。
「ええ。そうですわね。皆さまペンフォード様にはあれやこれや言うでしょうね?」
「ああ、アリステアには何を言ってもいいと思う馬鹿もいるからな」
(最悪だ……)
アリステアは悟った。
この流れは止まらない。
「ペンフォード様のことを『クラリッサ様の紐』と表現される方もいらっしゃいましたわね」
「父も『クラリッサのおもちゃ』と言ってるしな」
「まぁ!! 陛下ともしばらく口をききませんわ」
(紐……おもちゃ……)
どうでもいいとアリステアは思うのだが、他に表現はなかったのだろうか。
「冗談じゃありませんわ! わたくしのアリスさんを傷つけようだなんて許しません。わたくし、叙爵を受けますわ。ええ、今すぐにでも!!」
ふんっと鼻息荒く立ち上がった彼女に、二人はパチパチと拍手までしている。
「さすがですわ」
「それでこそ、クラリッサだ」
完全に乗せられていた。




