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婚約者になった公爵令嬢は、我儘をつき通す  作者: 星見蒼


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第35話 公爵令嬢はお手本を書く

「お兄さま、クラリッサ先生からですわ」


 翌日、仕事を終えて家に戻ると、にまにまと笑っているソフィアから手渡された。

 

 上品な青紫の封筒。

 アジサイが描かれている。


「ああ……ありがとう」


 なぜ?

 とは思った。

 だが、アリステアは深く考えなかった。


 そのまま自室へと向かった。



* * *



 親愛なるアリスさん


 先日は素敵なお手紙をありがとうございます。

 わたくし、アリスさんからどんな愛の言葉が飛び出すのかドキドキして封筒を開けましたの。

 そしたら、業務連絡のようなものでしたわ。

 それならソフィア様に口頭で、いえ、殿下の話ですものね、口頭では難しいでしょうか。

 今、ちょっとだけ冷静になりましたわ。

 ですから、今後は『業務連絡用』と『恋文用』とで封筒を分けましょう。

 そうしたら、無駄にドキドキしませんもの。

 アリスさんは、ドキドキしました?

 わたくしは、とてもドキドキしましたわ。

 ちなみに、こちらの封筒はお気に入りですので『業務連絡用』にはしたくありませんの。

 ということで、恋文を今から書きますわ。

 


 そこまで読んで、アリステアは天を仰いだ。


 可笑しさと、可愛さが一気に押し寄せて、アリステアらしくもなく、ベッドに倒れ込んだ。

 ひとしきり笑った後、アリステアはクラリッサからの手紙を読み返す。



 わたくし、とてもアリスさんが大好きですの。

 一番好きなところは、『ん』ってそっけなく返すお声。

 とても冷たいはずですのに、なんだか安心しますの。

 アリスさんに『ん』とか『そうか』って言われるのが好きですわ。

 それから、大きな手ですわ。

 これは、最近気づきましたの。

 手を繋ぐようになってから、アリスさんのちょっとだけ骨ばった大きな手に包まれるのが好きですの。でもドキドキもします。

 あ、ずっと手を繋いでいてください。

 でも、ドキドキしすぎて、仕事にならなくなるときもありますので、わたくしは考えましたの。

 ドキドキしちゃダメな時には、アリスさんと手を繋がないって。

 考えましたでしょう?



(……なるほど)


 ようやくアリステアは最近の彼女の行動の意味を知った。

 安堵するとともに、口に出して確認するということは重要だと悟る。

 ……口に出しているわけではないが。

 

 再び、手紙の文字を追いかける。



 あとは、っていっぱいあるのですよ。

 アリスさんがアリスさんだって思うだけでぐわっとなりますもの。

 あら? よく考えたら、口元も好きですわ。鼻もかしら?

 だって、アリスさんの目が見えないんですもの。見えるところと言えば、口と鼻。

 口の端が上にゆっくりと持ち上がるのが特に好きですの。

 鼻は形が好きですわ。

 いつかお鼻とお鼻とで触れ合いたいですけれど、わたくしのお鼻の形はお好きかしら? 

 なんだか不安になってきましたわ。

 もちろん、目も好きですの。

 黒くて綺麗な黒曜石。目を見せてもらうまでは、ソフィア様と同じ琥珀色なのかと思っていましたの。でも、出てきたのは黒曜石でしたわ。宝物です。


 さぁ、どうかしら。

 わたくしとても最高の恋文を書けてますでしょうか?

 ほんとうはちょっぴり恥ずかしいんですのよ。

 でも、アリスさんが悪いんですわ。

 わたくしをドキドキさせて、単なる業務連絡なんですもの。

 アリスさんが恋文を書くのが苦手というのでしたら、わたくしのこの恋文を参考に書いてくださいませ。

 お待ちしておりますわ。


 貴方のクラリッサ、はさすがに恥ずかしいですわね。

 でも、これがよく使われているそうです。

 ただ恥ずかしいだけではなくて、なんだかまだしっくりきませんわ。

 いつか、貴方のクラリッサに納得ができるのでしょうか?


 それでは。

 アリスさん、よい夜を。


 貴方のことが大好きなクラリッサより



 アリステアは、再び震えた。


 (……可愛すぎる)


 彼女らしい恋文に口元がにやける。

 こんなだらしなく緩んだ口元でも彼女は好きというだろうか。


 何度も、何度も読み返す。

 インクの滲みさえ愛おしい。


 ――貴方のクラリッサ


 彼女はまだしっくりこないと言った。

 アリステアだってそうだ。

 でも、それがいつか本当になる日が来るのだとしたら。

 悶えそうになる。


 アリステアは気を引き締めた。

 このままでは脳が馬鹿になる。


 彼女から課題を与えられたのだ。

 それもしっかり見本付きの。

 さすがは家庭教師と言うべきか。


(一生勝てないな)


 アリステアは勢いよくベッドから起き上がり、机へと向かう。

 

 手紙を引き出しの中に仕舞いこもうとして、躊躇した。

 だが、他に最適な保管場所などアリステアにはない。


 今まで、これほどに大事なものなんてなかった。

 いや、彼女から貰った『祈りの実』は同じくらい大事なものだったが、それは元々置く場所が決まっていた。今も机の上の小皿に乗っている。


 (買いに……ああ、そうだ)


 彼女と買いに行こう。

 ふたりであーでもない、こーでもないと言いながら、買い物をしたい。 


 本当は便箋も彼女と選びたいが、こちらは早めに返事を書いた方がいいだろう。

 明日の仕事帰りに文具屋に寄ることを決め、手紙はいつもの引き出しへと仕舞いこんだ。

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