第34話 公爵令嬢は手紙を貰う
影へ孤児院の調査を依頼した三日後。
「やぁ、アリステア」
図書館の地下の休憩室で昼食を取っていると、アーサー殿下が現れた。
今回も変装してここまで来たようだが、休憩室に入ると同時に栗色のカツラを外す。
ウィンスロー先輩が「ひぃ」と小さな悲鳴を上げた。
「ああ、お忍びだから僕のことは気にせず、食べて食べて」
「……はい」
ウィンスロー先輩は、アーサー殿下に言われるがままに大人しく昼食を再開した。
「で、アリステア」
アーサー殿下がアリステアの隣に座る。
一緒にきた護衛騎士がアリステアをじろりと睨んでいる。
「君、影を顎で使わないでくれる?」
「……顎ではなくて、一応、お願いしたつもりです」
「まぁ、あれはクラリッサの影だし、ギリギリ任務範囲内としたけどさぁ」
「すみません。無理なら断るだろうと思ったんですけど」
「君って本当に大胆だよね」
殿下が肩をすくめた。
後ろでは相変わらず護衛騎士が鋭い眼差しでアリステアを見ている。
どうやら、アリステアは要注意人物になってしまったようだ。
「どうだったんですか?」
休憩時間は長いわけでもないので、すぐに切り返せば、殿下はおかしそうに笑った。
「すごい。僕相手にその返し本当にすごい」
向かいでウィンスロー先輩が頷いていた。
「で、どうだったんですか?」
「あ~、アリステア。図書館勤務なんて辞めて、僕の側近にならない?」
「遠慮します」
「悩みもしない」
何がそんなに楽しいのか、殿下がご機嫌なことだけは分かる。
「そうそう。孤児院ね。あそこは、私設の孤児院ではあるんだけど、貴族から寄付も募ってるし、税金による補助も受けている」
「……運営に問題は?」
「ない」
「……」
「表向き」
「そうですか」
「ただ、今回は証拠がないんだよね」
「……影に揃えさせるのは」
「影が集めた場合には証拠とはいえない」
「……手は打てないということですか?」
「表向きは無理だね」
ちらりとウィンスロー先輩を見れば、片耳を押さえながらデザートを食べている。
丸聞こえだと思うが、それでも聞いていないという素振りを見せているつもりのようだ。
ちなみに、今日のデザートはプリン。
「……そうですか」
「つまり、裏から手を回すしかない」
「なるほど」
「というわけで、来週、君らの新居予定地に僕とベアトリスで遊びに行くから、是非とも歓迎してほしいな」
「……改修中ですけど?」
「でも、毎週のように君たちも遊びに行っているんでしょう?」
「……状況を見に行ってるんですけど?」
「まぁまぁ、使用人棟は出来上がったらしいし、問題ないでしょう?」
影から屋敷の改修の様子も聞いているらしい。
断りたくても、断れる状況ではないようだ。
「分かりました。歓迎はできませんが、どうぞいらしてください」
「君、素直すぎない?」
「無理なものは無理です」
「あ、その時に、さすがに僕の方から、クラリッサに『影』について説明するよ」
「え?」
「いい加減、独り立ちするようなもんだし、きちんと知っとくべきだろう?」
「……助かります」
アリステアは頭を下げた。
アーサー殿下はひらひらと手を振ると、カツラを被り直し、休憩室から出て行った。
「はぁ……胃が痛くなるかと思った」
ウィンスロー先輩が呟く。
「その割には、しっかりとデザートまで食べましたよね?」
「だって、この後仕事だよ? 食べないわけにはいかないよね?」
「……そうですね」
相変わらず、弱気で強気なウィンスロー先輩だった。
* * *
アーサー殿下が図書館を訪れた翌日。
クラリッサは授業終わりにソフィア様から手紙を受け取った。
「まぁ、お手紙?」
「ええ、お兄さまがクラリッサ先生に渡すようにって」
にんまりと笑うソフィア様に、クラリッサの頬が熱くなる。
(……恋文ですの!?)
まさかアリスさんからそんなものを貰う日が来るとは思ってもいなかったので、クラリッサは驚く。
受け取った白い封筒を大事に手帳に挟んだうえで、鞄へと仕舞いこんだ。
* * *
家に帰り、自室へと戻ると急いでアリスさんからの手紙を開ける。
『来週、アーサー殿下とベアトリス・ウェクスリーの二人が森の屋敷に来るそうだ。』
見慣れたアリスさんの綺麗な文字で、ただ、それだけが書かれていた。
(……別に、ソフィア様に伝言で良いのでは?)
無駄に期待したばかりに、クラリッサは苛ついた。
(アリスさんは、女心というものを分かっていませんわ)
むぅっと頬を膨らます。
それでも、一応初めてのお手紙ということで、クラリッサは鍵の掛かる引き出しに入れた。
(……そうですわ!)
別の引き出しから、いそいそと便箋を取り出す。
そうして、万年筆に手を伸ばし。
クラリッサは恋文の手本をアリスさんに書いてあげることにした。




