第33話 公爵令嬢は対策を講じる
クラリッサは勉強に勉強を重ねた。
ソフィア様との課題は勿論のこと、寝る前には必ず『読書』を心掛けた。
普通の恋愛小説と、刺激の強い恋愛小説を、それぞれ丁寧に丁寧に読み込んだ。
そうして学んだのだ。
(恥ずかしくて当然ですの!!)
小説の主人公たちも恥ずかしそうにしていた。
それでも触れ合いを続けていく。
つまり、クラリッサは情けなくなんて……
(ダメですわ。ちゃんと家具選びをできなかったことは反省しなくては)
そもそも。
あの段階まで手を繋いでいる必要は無かったはずで。
情けなくなる前に、仕事と割り切って、手を離し、前を向けば良かったのだ。
なんなら目の前のベッドを自分のベッドだとは思わず、来客用のベッドとでも考えれば良かっただけ。
(方法はいくらでもありましたわ)
ぐっと拳を握りしめ、気合を入れた。
* * *
今週末も、アリステアたちは森のお屋敷へ。
使用人棟の改修状況を確認するためだ。
もともと大きな改修が無い為、こちらはほぼ完成していると聞かされた。
馬車を降り、彼女に手を差し出す。
とんとんと馬車の階段を降りた彼女は、すっとアリステアから手を離した。
「アリスさん、行きましょう?」
にっこりと微笑まれて、アリステアの手は行き場を失う。
思わず後ろのロビンを見れば、すすっと視線が斜めに動いた。どういう感情なのか分からない。その隣のヴィヴィアンはとても良い笑顔だが、目の圧を感じる。こちらは分かる。『さっさと行け』だ。
アリステアは、もやもやとした気持ちを抱えたまま、彼女に続いてお屋敷の玄関へと向かった。
* * *
クラリッサの作戦は大成功である。
馬車を降りると同時に、握られた手から速やかに逃れ、職人たちの話をアリスさんと二人冷静に聞くことができた。
使用人棟の話なので、ヴィヴィアンとロビンにも確認をとった。
二人とも特に問題は無いと言った。
ついでに他の部屋と、庭も見て回ることにした。
もちろん、その間も手は繋がなかった。
書庫へ行くと、既に先客がいた。
この間の三人の子供たちだ。
手持ち無沙汰に椅子に座って足をブラブラさせているのが、長男のガイ。
本好き三男のルカの後をついて回っているのが、次男のニコ。
ニコとルカは、すぐ近くの孤児院から昼休憩のたびに来ているらしい。
ガイは週末だけ顔を出すそうだ。
「返してくれるなら、持って帰ってもいいんだが?」
アリスさんの提案にルカがガイを見た。
ガイが首を左右に振った。
「本を持ち帰ったら、奪われるだけだ」
「……どういうことだ?」
アリスさんが訊き返す。
「俺たち孤児が本なんて高価な物を持っていたらいけないんだ」
「……借りてるだけだと言えばいいだろう?」
「借りてるなんて知られるわけにはいかない」
アリスさんはそれ以上追及することなく、膝に乗せたルカの質問に丁寧に答えていた。
* * *
「アリスさん?」
三人が帰っても、アリスさんは書庫の椅子から動かなかった。
じっと何かを考えているようで、クラリッサはアリスさんの顔の前で手をひらひらさせた。
「ロビン」
「はい?」
クラリッサは無視された。
「孤児院のこと、調べられるか?」
「……俺が調べられると思うんですか? せいぜい公の記録を確認するだけですよ」
「そうか」
「……アリスさん?」
クラリッサはもう一度声を掛けた。
ちょっとムッとしたので、躊躇いつつもアリスさんの頬を引っ張ってみた。
「……」
「痛いとかありますよね?」
「……痛いな」
「遅くありませんか?」
「驚いたから」
「……わたくしを無視しないでください」
「すまない。ちょっと考えていて」
「分かりますけど。……孤児院が気になるんですの?」
「ああ。……気のせいかもしれないが」
「……どうします? アーサー殿下を召喚します?」
「……さすがに、それは」
アリスさんはそこで、言葉を止めた。
そして。
「孤児院について調べてもらえるのか?」
唐突に、声を上げた。
ヴィヴィアンも、ロビンも、怪訝そうにアリスさんを見るだけだったのだが。
トントンという音がした。
クラリッサは辺りを見渡すも、それらしい音の原因が見つけられない。
ところが。
「すまない。異変があるようならアーサー殿下に伝えてもらえると助かる」
アリスさんはそう言ったのだ。
しかも、もう一度トントンと音が返ってきた。
「……今のは?」
ロビンがアリスさんに訊いた。
「……影だ」
アリスさんの視線が一瞬だけクラリッサに向けられていたが、意味が分からない。
でもロビンは違うようで、『なるほど』と納得していた。
「アリスさん?」
「……なんだ?」
「影ってどういうことですの?」
「……影は影だ」
「ですから??」
「アーサー殿下の影が遊びに来ていたみたいだな」
「……さすがに、影さんはアーサー殿下のように遊びはしないと思うのですけど??」
「それなら、アーサー殿下の代わりに屋敷を見に来たんじゃないか?」
「……アリスさん?」
クラリッサは納得できないので、何度も訊いたのだが、ちゃんとした回答は無く。
さらに不満が募った。




