第30話 公爵令嬢は混乱する
ぎくしゃくしたまま、家具や内装のカタログを読んだ。
それでも一応、気になる物は確認できたと思う。
彼女とは玄関ホールで別れ、アリステアは公爵邸の馬車寄せへと向かう。
歩きながら、今日の彼女の行動について真剣に考えていた。
「……俺が後手に回っているのが、悪いのか?」
後ろをついてきているロビンに答えを求めた。
「は?」
男前でもポカンと口を開ける様子は、間抜けだった。
「彼女を満足させられていないから、こういうことになるんだよな?」
「……その発想に思い至るとは、意外です」
「馬鹿にしているのか?」
「いえ、存外賢いというか、女泣かせの要素が感じられます」
「……何を言っている」
相談相手を間違えたかと思うものの、他に相談できるとしたら、父、兄、室長、あとは、ウィンスロー先輩。
その中からだと、やはりロビンがいいような気がした。次点で室長だ。
「まぁ、普通は多少の進展は望みますしね」
「……進展」
「今のアリステア様とクラリッサ様だと、単なる手繋ぎ程度ですよね」
「……」
「婚約を結んだ男女なら、もう一声は当然では? というかもう一声どころではない気もしますが」
ロビンはにっこりと笑った。
「簡単に言うな」
「腕を組むだけですよ? 指を絡めるだけですよ? あ、膝に乗せましたね」
「……お前は好きな女相手に平気でいられるのか?」
「……」
ロビンが黙った。
それからしばらくして。
「好きな女が好いてくれるなら、平気でいられなくてもしますけど?」
とても甘やかに微笑まれたが、目が笑っていない。
「義務とかそういうことではなくて、相手を安心させるためだとしたら?」
「……義務だなんて思っていない」
「そもそも、したくないわけではないのでしょう?」
「言うな」
「好きな女相手に、その程度の可愛い欲望ですむわけないですもんね」
「言うな」
「それでも、相手の望む可愛い欲望ぐらい満たしてあげるべきでは?」
「……お前」
「なんです?」
「いつもそれぐらい話せ」
「……」
ロビンの目が丸くなった。
「おしゃべりな相手は嫌いそうだと思ったんですけど?」
「嫌いというか苦手だが、お前も喋る方じゃないだろう? 普通にすればいい」
「……かしこまりました」
アリステアは、もう一度だけため息を吐く。
膝の上に乗った彼女は、震えて恥ずかしそうにしていた。
(あ~、くっそ)
やわらかかったのは勿論だが、何よりも可愛い。
可愛すぎて本当に困るのだ。
(……満たす、か)
いつだってアリステアは彼女によって満たされている。
そして。
(彼女を満たすのは、俺だ)
ロビンの言う通りだと思った。
* * *
婚約を結んでから、二か月。
十一月になった。
今日はアリスさんと家具を見に行く。
この間の失態が恥ずかしくて、顔を合わせるのが辛い。
あの日一日、クラリッサはまともに機能していなかった。
アリスさんとどんな話をしたのかも、正直覚えていない。
重要な家具選びだというのに。
後からヴィヴィアンに確認したら、特に問題は感じなかったという。
ちなみに、カタログにはメモが挟んであった。
おかげで今日困ることはなさそうで、そこだけは安心している。
(はぁ~どうしましょう。恥ずかしい。まだ恥ずかしい)
毎日、何度も悶えた。
図書館でアリスさんの姿を見つけたら、とにかく遠くへ離れるようにした。
合わせる顔なんてない。……ないのに。
今日が来てしまった!!
公爵邸の馬車寄せに止まった馬車から、アリスさんが降りてくる。
(ううううう!! 無理。逃げたい!!)
思わず足が一歩後ろへと下がる。
このままくるりと、反転しようとするところを、アリスさんに手首を掴まれた。
「あ……あの……」
「具合が悪いのか?」
「……ち、違います」
「このまま連れて行っても、問題は?」
決して強い力ではない。でも、体が動かない。
逃げたい。逃げたい。……違う。そうじゃなくて。
とにかく大好きなのだ。本当はそれだけ。
「……大丈夫です」
「そうか」
アリスさんの手が、手首から離れた。
そしてそのまま手を取られた。
いつものように手を繋ぐかと思ったのに。
クラリッサの指と指の間に、アリスさんの指が強引に割り込んできた。
「え……?」
「嫌なら言って」
嫌ではない。
嫌ではないけれど……?
呆然とその手に、指に、導かれるまま馬車に乗り込んでいた。
(……ど、どういうことですの!?)
隙間を埋めるかのように絡められた指にクラリッサは、なんの反応も返せずにいた。




