第29話 公爵令嬢は子供と張り合う
「はぁ~」
クラリッサはベッドの上で、ゴロゴロと転がる。
クッションをぎゅうぎゅうと抱え込んで。
「お嬢さま?」
マリアが不思議そうにクラリッサを見ている。
「今日も、今日も素敵でしたの。ね、ヴィヴィアン」
「……」
ヴィヴィアンは答えなかったが、クラリッサは気にしない。
「子供を抱き上げて……」
「抱き上げることができたんですね……」
「どういう意味なの? マリア?」
「だって、ペンフォード様って細いですし、頼りなさそうで」
「……マリア? 今までわたくしの話を聞いていたはずなのに、どうしてアリスさんの評価がそうなったの??」
「……」
マリアの目がまた斜め上を泳ぐ。
クラリッサはマリアと話すのをやめて、今日のアリスさんを思い出す。
(素敵でしたわ……)
ルカを腕に抱き上げて書庫まで行き、この間と同じように続きの本を探してあげて。
ルカが『これはなんのこと?』って訊けば、言葉の意味を教えてあげて。
しかもなぜか膝に乗り上げようとしたルカを拒否するわけでもなく、膝の上に乗せてあげて。
(……ズルいですわ!! なぜわたくしよりも先にアリスさんの膝に乗りますの?)
そこだけは納得がいっていない。
「クラリッサ様も『本を読みましょう』って、膝に乗ってみたらいかがでしょうか?」
ヴィヴィアンの提案にクラリッサは、目を輝かせた。
ルカという前例があるのだ。
うまくいくかもしれない。
「……そもそも子供ですよね? 膝に乗せたのって」
マリアの呟きは、クラリッサの耳に届くことはなかった。
* * *
翌週末。
クラリッサは格好の機会を得た。
今日は、公爵邸で家具や内装のカタログを見ることになった。
つまり、カタログという本を読むのだ。
(一緒に同じ本を読む。これをきっかけにすればいいのよね)
先週のルカの様子を思い起こす。
ルカは本を手に、のしのしとアリスさんの膝に乗って、甘えるように、本の内容について聞いていた。クラリッサも同じようにすればいいだけだ。
のしのしは出来ないが、一緒のカタログを読むためにと、アリスさんの膝の上に乗って。
(い、息が苦しいですわ!!)
すでに心臓がバクバク言っている。
まだアリスさんは来ていないというのに。
「クラリッサ様」
「……大丈夫よ、ヴィヴィアン」
* * *
公爵邸のサロンに通される。
ロビンが後ろをついて歩くことにも、だいぶ慣れてきた。
「アリスさん」
サロンにはすでに彼女がいた。
いつものように笑っているようで、どこか引きつっている頬。
怪訝に思いながら、その隣へと腰を下ろす。
「きょ、今日は家具を決めますの」
「……決める? カタログを見るだけでは?」
「そ、そうでしたわ」
動揺が半端ない。
じっと様子を見守る中、彼女はカタログを侍女から受け取り。
そして。
「い、一緒に読みましょう」
すとん、とアリステアの膝の上に乗った。
「……」
アリステアの脳は麻痺した。
唐突に訪れた、重み、温かさ、やわらかさ、薫り。
すべてを受け止めきれるわけもなく。
体は硬くなり、呼吸さえままならなくなった。
* * *
アリスさんの膝の上に、ギリギリ着地した。
ギリギリだ。
ルカのように全体重を預けるなんてできないし、ものすごく密着する勇気もない。
太股の端あたりにそっと腰を落とした。
「……あ、アリスさん」
後ろを振り返って、アリスさんの顔を見る勇気はない。
何かを言ってほしいような。言ってほしくないような。
「な……何を?」
「あの、この間ルカと一緒に本を読んでましたよね?」
「……読んでいたが?」
「膝の上で……二人で読んでましたので」
「……」
「わたくしも一緒に読もうかなって……」
アリスさんから何も答えが返ってこない。
(どうしましょう。はしたないって思われてしまったのかしら……)
不安が唐突に押し寄せる。
退くべきだとようやく頭が働いて、アリスさんの膝の上から立ち上がろうとして、クラリッサはバランスを崩した。
ぐいっと腰に大きな手が回り、アリスさんの膝の上にもう一度着地した。
先ほどとは違って、横向きで。
アリスさんの顔が見えてしまう。
しかも顔と顔の距離が近い。
(あ……ああああ!!)
クラリッサは思わずアリスさんの胸に顔を埋めてしまった。
* * *
アリステアの心臓はバクバクしている。
きっと彼女にも伝わっているはずだ。
アリステアの胸元に、彼女の顔があるのだ。
(……死ぬ)
あまりの近さと、その熱にアリステアは自分が沸騰してしまうのではないかと思った。
必死に意識を彼女からどこかへとやりたいのだが、鼻へと届く甘い香りがそうさせてくれない。
「ご……ごめんなさい」
小さな声が聞こえてきた。
彼女らしくもなく震えている。
アリステアは助けを求めて、ヴィヴィアンとロビンを見た。
ヴィヴィアンは直立不動。ロビンはため息を吐くだけ。どちらもこの状況をどうにかしようとはしてくれない。
「立てそうか?」
「……立ちます」
だが、起き上がろうとして失敗しているのが分かる。
どこかに手をつかなくては立てないのだろう。手をつく場所が見つけられないのだ。
「肩に」
「え?」
「俺の肩に手を置けば」
「……宜しいのですか?」
「ああ」
彼女の小さな手がアリステアの肩へと伸びた。
そっと掌が肩に乗り、徐々に重みが伝わってくる。
近づく距離にアリステアはもう一度息を呑む。
(……まずい)
彼女の胸元がアリステアの顔の近くまで来た。
触れないように、なんとか顔を逸らす。
肩へと掛かっていた重みが消え、彼女が離れた。
そして、いつもより距離を空けて、隣へと腰掛けた。
(……死ぬかと思った)
アリステアは大きく息を吐いた。




