第25話 公爵令嬢は失敗する
クラリッサは緊張していた。
(……馬車に乗ったら、自然に倒れこんで……)
いかに綺麗に華麗にアリスさんの膝の上に乗るのか。
今日まで、真剣にヴィヴィアン、マリアと共に考えていた。
昨夜もマリアをアリスさんに見立てて、何度もマリアの膝の上に着地する練習をした。
「クラリッサ様、とにかく倒れ込めば問題ありません」
「……そ、そうかしら?」
「綺麗に着地することを考えると、むしろ不自然になります」
「なるほど?」
「とにかく、よく分からないけど、何かに躓いたかのようにバランスを崩せばいいのです」
ヴィヴィアンの言葉にクラリッサは大きく頷いた。
* * *
(あ……あれ?)
クラリッサは、アリスさんの手を支えに馬車に乗り込む。
そこで、はたと気づく。
(どうやって、ここからアリスさんの膝の上に着地すればいいのかしら??)
アリスさんはまだ馬車の外である。
クラリッサが座ったことを確認してから、いつも馬車に乗り込んでくるのだ。
「どうした?」
いつまでも座らないクラリッサに、アリスさんから怪訝そうな声が掛かる。
もう座るしかない、と奥へ移動した時。
「アリステア様、さっさと馬車に乗ってください」
「え? でも彼女が……」
「クラリッサ様がお待ちです」
「は?」
「ロビン、アリステア様を押し込んで!!」
「……ヴィヴィアン……いくらなんでも……」
「ロー、さっさとする」
「……なんで今その呼び方なんだよ!」
なにやら外で言い合う声がしたかと思うと。
「お……おい!!」
声を上げたアリスさんが馬車の中に現れた。
バランスを崩したのはアリスさんの方で、クラリッサは支えようとして、手を伸ばした。
「ちょ……危ないから!!」
そう言われてもアリスさんに怪我をされたくないので、クラリッサは必死だった。
でも、アリスさんは意外と運動神経が良かったようで。
クラリッサを避けて、器用に座面に倒れこんだ。
「ロビン!!」
アリスさんは馬車の外へと声を荒げた。
クラリッサとヴィヴィアンの作戦は、失敗した。
* * *
「……だ、大丈夫ですの?」
意味も分からず無理やり馬車に押し込められたアリステアを、彼女がとても心配そうに見ていた。
大丈夫だという意思表示で手をひらひらさせると、彼女の手が伸びてきた。
小さな手が怪我を確認するかのようにゆっくりと動く。
アリステアとしては落ち着かない。
「……そのまま握れ」
なにか唸り声のようなものが聞こえた気がして振り返るが、ため息を吐いているロビンと、無表情のヴィヴィアン。
アリステアは首を傾げつつ、婚約者から距離を取る。
「アリスさん?……あ、嫌でしたの?」
しゅんと項垂れる。
その動きに合わせて、さらりとピンクブロンドの髪が揺れた。
「嫌ではない。その……特に怪我をしていないから」
「……本当ですの?」
「さっき見たよな?」
「……見ましたわ」
なんだか様子がおかしい。
しかも落ち込んでいるようにも見える。
アリステアは少しでも彼女が元気になる方法がないか考える。
だが、その答えが見つからない。
「……どうしたらいい?」
「え?」
アリステアは情けないことは承知で、本人に訊くことにした。
質問の意図が読めなかったであろう彼女が、首を傾けてじっとアリステアを見ている。
「アリスさん?」
「君が元気がないみたいだから」
「わ、わたくし元気ですわ!!」
彼女はアリステアに向けて、両腕をあげて、力こぶを作ってみせる。
(あ~可愛い)
ちょっといたずら心が湧く。
「本当に?」
アリステアは前髪を掻き上げた。
息を呑む音は、目の前の彼女だけではなく、向かいに座る二人からもあったが、それは無視した。
「アリスさん!! 反則ですわ!!」
勢いよく彼女の手が伸びて、アリステアの前髪を必死に戻す。
「わたくしは元気です。前髪は下ろしてください!! 絶対にダメです!!」
「分かった」
アリステアの口元はだらしなく緩んでいたが、彼女は気づいていないようだった。
* * *
「……何しているんだよ?」
ロビンは馬車から降りて、前を歩く二人から敢えて距離を取り、ヴィヴィアンの手首を強引に掴んだ。
「ちょっと!! クラリッサ様たちから遅れてしまうでしょう?」
「行く場所は分かっているんだからいいだろう」
「……いいから、手を離して」
ロビンは素直に手を離した。
「で、何をしてんだ?」
「クラリッサ様が、アリステア様ともっと触れ合いたいと仰せでしたので」
「……だからって、無謀だろうが」
「ええ。計算違いがありましたわ」
「お前は、こと恋愛においては計算違いしかしない」
「……ロー?」
「そういう時だけ呼ぶな。こっちもお前をヴィヴィって呼ぶぞ」
「ロビン。わたくしたちは侍女と従者ですわ」
「だから?」
「主人ふたりの願いを叶えることは当然じゃありませんか?」
「……俺のご主人様もそう思っているっていうのか?」
「……貴方の目は節穴ですの。どう見ても、相思相愛。愛し愛され……なんて羨ましいんでしょう!?」
血走った眼を見て、ロビンはため息を吐いた。
「お前の妄想をぶつけるな」
「……多少はありましたわ。以後気をつけます」
「絶対に多少じゃない」
「そうは言っても、恋する男女がすることなど……」
「やめろ」
「……はぁ。それにしても、アリステア様、美男子でしたわ」
ヴィヴィアンの目が、前を行く二人へと向けられる。
「惚れたのかよ」
「まさか。人の物に手を出す趣味はありませんわ。貴方とは違って」
「俺もねえよ!!」
「……そうだったわ。勝手に向こうが惚れ込むんでしたっけ?」
「まぁ、あのお嬢さまは全然これっぽっちも俺の方を見ないけどな」
「残念だったわね。可愛いクラリッサ様の眼中に入らなくて」
「別にいいよ」
確かにお嬢さんは可愛い。綺麗だ。
だが、ロビンは彼女が欲しいとは思わない。
それこそ、これっぽっちもだ。
「くだらない話はこれくらいにして、分かりましたわね?」
「……何が?」
「貴方も協力するんですのよ?」
「もう……しねえよ。今回ので下手したら外されるかもしれないし」
「……わたくしから奥様にお伝えしますわ」
「そういう問題じゃねぇ」
ヴィヴィアンを置いてスタスタと歩く。
ロビンの本命はそれこそ、ロビンを見てなどいない。
それなのに人の恋路の、それもすでに想い合っている二人の世話をする気になんてなれるはずもない。
「貴方、それでも従者ですの?」
「従者だからだろう? おかしいのはお前だ」
後ろから追いかけてくる声に、正論を返してやった。




