第24話 公爵令嬢は心強い?味方を得る
刺繍は、結婚後の家名によってイニシャルも変わるので、とりあえず後回しにすることにした。
というわけで、クラリッサが自室で別の作業をしていると、ヴィヴィアンから声を掛けられた。
「クラリッサ様、何を書かれているんですか?」
「な、に?」
「……ええ、その……とても真剣でしたので」
ヴィヴィアンの瞳は、よく見ると赤みの強い栗色だ。
その瞳がじっとクラリッサを見ている。
彼女はとても真面目で、クラリッサの一挙一動を細かく観察している。
それゆえ、気配りができるのだが、今それが良くない方向へと働いている。
なんとなくマリアの姿を探すと、ふんふーんと鼻歌を歌いながら、クラリッサのお茶の準備をしていて、こちらの様子を気にも掛けていない。
仕方なく一人でヴィヴィアンと向き合い、なんとか誤魔化そうと口を開く。
「これは……」
「ああ、ソフィア様の教材でしょうか? 失礼いたしました」
本当に納得したのかは分からないが、すぐに引いてくれて、ほっと胸を撫で下ろした。……のだが。
「違いますよ、ヴィヴィアンさん。それはお嬢さまとペンフォード様の……」
「マリア!!」
「愛の記憶です」
クラリッサの制止の声なんて無視された。
お茶の準備を終えたマリアは机の空いているスペースに、レモネードと紅茶のカップを置いた。
そして、にこにこ、にこにこと笑っている。
悪気なんてどこにもない。
マリアはこういうところがある。
だから、侍女頭にできないと、お母様は仰っていた。
クラリッサはマリアの素直で嘘がつけないところが大好きだが、今はお母様に大賛成だ。
「……愛の記憶?」
ヴィヴィアンはクラリッサの様子を気にしつつも、マリアに訊いている。
「はい。お嬢さまは恋愛初心者ですから、恋人同士としての触れ合いにも悩まれ、そして、奥様に相談し、『服を着ていればなんでもあり』という条件のもと、ペンフォード様と少しずつ触れ合いを進めていまして」
「……マリア」
先輩侍女としてなのか、とても得意げに語っている。
恥ずかしそうにしているクラリッサが見えていないのか。
いや、実際見ていない。
侍女として減点だ。後でイーディスに言いつけようと思った。
「マリア……余計なことを言わないで?」
「え? 余計? でも、この間記録の整理を手伝ってって、それに……ペンフォード様とどこまで触れ合って、次の目標地点をどこにしようかって……」
「やめて~! 言わないで~!! それに狙っても上手くいかないのよ~!!」
「そうなんですの?」
マリアがきょとんと目を丸くした。
「そ、そうなのよ!! わたくしだって、計画的にじっくりと着実に小説のように!! って思いましたわ」
「……小説の恋人同士は狙っていないかと」
ヴィヴィアンが何か言ったが、クラリッサの耳には届いていない。
「でも、難しいんですの!! 次はこれ……って考えているだけでドキドキして、それどころじゃなくなって。アリスさんと恋人繋ぎなんて!! 手と手をぎゅっとするだけでドキドキしますのよ。指と指を絡めるなんて!! しかもわたくしからそんなことして、はしたないって思われたくない!! できればアリスさんからそっとぎゅっと絡めて下されば……わ、わたくしだって……ああああ!!」
クラリッサは悶えた。
アリスさんの手に、クラリッサの手が包まれたことを思い出す。
あたたかくて大きな手。
指どころか、腕だって絡めたい。
でもこの間、それとなくするりと腕を絡めたら、びくりとされたのだ。
慌てて走って、引っ張って誤魔化したけど。
「どうしたらいいの!! 恋人繋ぎも腕を絡めるのも諦めたらいいの??」
「お嬢さま、鼻先こっつんと、額こっつんと、膝の上に乗るとか、あと口づけとかは?」
「無理よ。今のままじゃ無理。っていうか、わたくしもまだそこまでは……。あら? 膝の上の方が楽かしら??」
「……どうでしょうか。馬車に乗った勢いのまま、膝に乗るという作戦はありますが」
「……ヴィヴィアン、唐突に作戦を告げないで。えっと……馬車に乗った勢いで膝の上……」
クラリッサは慌てて手帳にペンを走らせる。
「ええ、馬車に乗った際にバランスを崩した振りをするんです。紳士的なペンフォード様ならクラリッサ様の安全を優先されますでしょうから、膝に着地させてもらえる可能性が」
「ヴィヴィアンさん……でも、それってほんの一瞬では?」
「まずは一瞬でも意味があるでしょう? 徐々に時間を伸ばして行けばいいんです」
「……そうかなぁ?」
クラリッサがヴィヴィアンの言葉を一言も漏らさないよう必死に書き連ねている間も、ヴィヴィアンとマリアの会話が続いていく。
「ええ。最初から高い目標を設定するからいけないんです。少しずつじわじわと。伊達に『恋多き女』をやっておりません」
「……そう言われていること、知ってたんだ……」
「ええ。どうせ恋愛成就できない女ですわ……」
「そ、そこまでは言ってないかと……」
「マリアさん。貴女も恋愛について知りたいことがあったら、いくらでも……」
「……カッコいいわ!! ヴィヴィアン。わたくしも色々知りたいですわ」
書き終えたクラリッサが、ヴィヴィアンへと向き直り、その手を掴んだ。
「ええ。クラリッサ様。侍女としてできる限りお助けさせていただきます」
クラリッサとヴィヴィアンが手を握り合い、強く誓い合っている、その後ろで。
「……でも、成就できない女なんですよね?」
マリアがぼそりと呟いていることに、二人は気づいていなかった。




