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婚約者になった公爵令嬢は、我儘をつき通す  作者: 星見蒼


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第23話 公爵令嬢はこっそり借りる

「クラリッサ先生、こちらの記事の訳は合っていますか?」


 授業の終わり間際、ソフィア様が取り出したのは、帝国の新聞。

 その中の一つの記事を訳したらしい。


「あら? これは以前のとは違いますのね?」

「はい、この間ブランデルウッド公爵閣下とお話させて頂いた時に、くださいましたの」

「まぁ、そうでしたの?」

「なんでも間違って二部届いたらしくて、こちらは要らない方だからって」

「お父様のお世話をして下さってありがとうございます」

「いえ、公爵閣下とお話できるなんて、素敵な機会でしたわ」


 授業を静かに見学していた伯爵夫人がソファへと倒れこんだ。


「……伯爵夫人?」

「どうぞお気になさらないで」


 ため息が聞こえたが、ご本人がそう仰るなら、とクラリッサはソフィア様との授業に戻る。


 新聞記事を読み、それからノートに書かれた訳を読む。


「惜しいですわね」

「……残念ですわ」

「ここだけです。これは通常の文法とは違うのです」

「道理で。なんだか訳がおかしいなと思いましたわ」

「……アリスさんに訊きませんでしたの?」

「だって、いつまでもお兄さまを頼るわけにもいきませんもの」

「あら? どうしてです?」

「決まってますわ。来年には家にいませんもの」

 

 ソフィア様がにんまりと笑う。

 その意味を悟って、クラリッサは顔が熱くなった。


「あ……あの。その、いつでも遊びにいらしてくださいね?」

「ふふ。もちろんですわ!! って、来年も先生をしてくださるんですよね?」

「それこそ、もちろんですわ!!」


 クラリッサが勢い込んでそう返せば、ソフィア様は無邪気な笑顔を見せてくれた。



* * *



 (ふふ……)


 クラリッサは馬車に乗り込むと、いそいそとポケットから『祈り袋』を取り出した。


「クラリッサ様、そちらは?」


 今、クラリッサの外出に付き添っているのはイーディスではなく、ヴィヴィアンという新しい侍女。

 元はエドマントお兄様のお屋敷で働いていた侍女で、お母様がクラリッサの侍女頭候補として異動させたのだ。

 彼女はあまり口数が多い方ではない。

 それなのに珍しくクラリッサに声を掛けてきた。


「これは、アリスさんの『祈り袋』ですの」


 来年用の『祈り袋』をすでに用意していると、アリスさんから聞いていた。

 一緒に買えないことにがっかりしたが、ヒューイお兄様が懸命にアデレインお義姉様の『祈り袋』に刺繍していたことを思い出したのだ。

 せめて刺繍でも!!と意気込み、ソフィア様にその話をしたら、すぐにアリスさんの来年の『祈り袋』を手に入れてくれた。それもこっそりと。


――お兄さまに怒られたら、庇ってくださいますよね?


 とソフィア様に念押しされたが、当然である。

 ソフィア様はクラリッサのお願いを聞いてくれただけなのだから。


「クラリッサ様は本当にアリステア様がお好きなのですね?」

「ですから、結婚するんですのよ?」


 アリスさんの紺色の『祈り袋』を指で撫でる。


「……羨ましいですわ」


 ぼそりとした呟きが聞こえ、彼女へと視線を向ければ、遠い目をしていた。


――ヴィヴィアンは若いけれど、とても優秀な侍女です。ただ……ちょっと恋多き娘なのよ。まぁ、貴女には関係ないと思うけれど。


「ヴィヴィアンは、結婚したいと想う方はいないの?」

「わたくしが好きでも、向こうが好きになってくださるとは限らないのですよ?」


 にっこりと微笑まれたが、目の圧が強い。


「そ……そうですわね」

「お嬢さまは想い想われ、結婚なされる。それはとても幸せなことなんですからね?」

「……は、はい」


 クラリッサは気圧されつつ返事をした。


「で、刺繍はどうされるんですの?」


 ヴィヴィアンがクラリッサの手元へと視線を落とす。

 圧が弱まり、なんとなくほっとする。

 そして、刺繍の図案について考える。


「そうね……何がいいかしら……?」

「よくあるのは、イニシャルや家紋ですね」

「うーん……」


 確かにお兄様もアデレインお義姉様のイニシャルを刺していたけれど、それだけではつまらない。


(家紋……も、来年の六月には……)


「あれ? わたくしたちの家紋って」

「……どうされました?」

「わたくし……クラリッサ・ペンフォードになるのかしら?」

「え? 違うんですか? わたくしはてっきりそうなのかと思ってたんですけど?」

「……どうだったかしら?」


 結婚できることに浮かれ過ぎて、そのあたりの話が出ていたのかさえ覚えていない。


(……お母様に確認したら怒られるかもしれないから)


「今度、アリスさんに訊いてみましょう」

「……ええ」


 ヴィヴィアンが小さく頷いた。

 クラリッサは『祈り袋』を見つめながら。


(……ふふ。クラリッサ・ペンフォード……)


 密かに、喜んでいた。

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