第22話 公爵令嬢は祈りを受け取る
森のお屋敷に決定した、翌週末。
アリステアが公爵家に行くと、見知らぬ男に背中を押され、応接間に連れて行かれた。
そして、そのまま採寸が始まった。
(なぜ……なんの説明もないのか?)
怪訝に思いつつも、仕立て屋に言われるままに腕を伸ばしたり、足を広げたり。
その間も、アリステアを応接間に誘導した男は、壁際に立っている。
採寸ということで男性の使用人が立っているのは分かる。だが、見覚えがない。
もちろん、公爵家の使用人の全員の顔を知っているわけではない。
しかし男の顔は良い。一度見たら忘れにくい。
(……新しい、使用人なのか?)
* * *
「お疲れさまでした。以上でございます」
仕立て屋が採寸に使っていた道具を仕舞い始めた。
「クラリッサ様も、そろそろ採寸を終えられている頃かと思われます」
にこやかに言われて、この後どうすべきなのか悩んでいると、先ほどの男が壁際から移動しドアを開けた。
「旦那様、どうぞ」
「……は?」
唖然とするも、男の視線はアリステアに向けられている。
どうやら、この男にとっての『旦那様』とはアリステアのことらしい。
(人のことは言えないが、説明がなさすぎる)
男は微笑みを浮かべて、アリステアが動くのを待っている。
考えるのも面倒になって、案内されるままに二階のサロンへと向かった。
* * *
「アリスさん!」
サロンに入ると、彼女がいつもの笑顔で迎えてくれる。
それに応えながら、例の男の動きを目だけで追う。
彼はそのままサロン内に入り、ドアを閉めて壁際に控えた。
男の隣には、見覚えのない侍女もいた。
「あ、後ろにいる人はアリスさんの従者になるんですって」
アリステアがもう一度、男へと目を向けると、先ほどと同じく微笑まれた。
「ロビン・フォスターと申します。旦那様」
「……」
自分も挨拶を返すべきだと分かってはいるのだが、旦那様という響きに背中がムズムズする。
「アリスさん? もしかして気に入りませんの?」
その通りと言えばその通りなのだが、そんなことを言えば、あっさりと意見が通ってしまいそうで怖い。
「いや……旦那様と呼ばれるのに慣れなくて……」
「……」
彼女が黙り込んだ。
「……どうした?」
「……わたくしも『旦那様』ってまだ呼べませんのに、確かに早いですわね」
なにやら競争意識が芽生えたらしい。
というか、彼女の『旦那様』は違う意味でやめてほしい。
「アリスさんには、アリステアという名前がありますの」
「……」
彼女は従者に向かって胸を張った。
「アリステア様と呼んでくださいませ」
彼女に『アリステア様』と呼ばれるのもむず痒いのだと、アリステアは知った。
* * *
「アリスさんはどんな実がいいんですの?」
「……いつもテキトーに拾っている」
公爵邸の庭に出ると、彼女はサマーホワイトの実が落ちているところまで走っていき、しゃがみこんだ。
小さな木の実を拾っては戻し、拾っては戻しを繰り返す。
アリステアもしゃがんだ。
「君は、どんなのがいいんだ?」
「アリスさんが選んで下さればなんでも」
「それだとテキトーにその辺の実を選ぶことになるんだが」
「ふふ。目についたのを拾うだけですの?」
「そうだ」
「占いみたいですわね」
彼女は笑いながらアリステアへと近づいてきた。
「そしたら、わたくしは目を瞑って」
倒れないようになのか、アリステアの肩に彼女の手が置かれた。
しゃがんだまま右腕を伸ばして、落ちている木の実の上に手を翳している。
ふらふらと揺れるので、アリステアはそっと彼女の腰に手を添えた。
(……何も考えるな。考えるな)
掌に感じる熱から必死に意識を遠ざける。
「はい、これですわ!!」
彼女の体の重心がこちらへと戻って来た。
距離が近づいたことにアリステアは気づいていたが、彼女は違う。
ローズピンクの瞳が大きく見開かれる。
そしてうっすらと染まる頬。
「……ど、どうでしょうか?」
誤魔化すようにサマーホワイトの実を押しつけてくる。
(あ~……可愛い)
抱き寄せたくなるのを、ぐっと我慢した。
「ありがとう」
受け取る時に、わざと彼女の手を包み込んだ。
「あ、アリスさん!?」
「君の祈りも貰おうかと思って」
「もう!!」
パッと立ち上がった彼女に、アリステアは笑った。
そして、今度は自分の番だと、視線を下へと落とす。
赤や黄色の落ち葉。
その中に紛れている小さな木の実。
「……ほんとになんでもいいんだよな?」
「ええ。わたくしだって分かってますわ。アリスさんが選んだりしないって」
「……すまないな」
「いいえ」
目についたサマーホワイトの実を拾う。
立ち上がり、彼女の掌へと転がす。
「……来年の、わたくしの祈りの実」
「ああ」
先ほどと同じように、彼女のやわらかな手を包み込む。
「君の一年が幸せであるように」
祈りだけは、真剣に。想いを込めて。
「……アリスさんといられるんですもの、幸せに決まってますわ」
彼女がふわりと笑った。




