第20話 公爵令嬢は見つけてしまった
大叔母君の家を出て、馬車に揺られる。
彼女はじっと間取り図を見ていた。
森のお屋敷も、大叔母君のお屋敷も、間取り図にはきちんと使用人棟も書かれていた。
まっすぐで真面目な彼女は、いつだって真剣だ。
間取り図を眺めながら、使用人たちのことを考えているのだろう。
(……どうしたら、納得させられるのか)
アリステアは悩む。
彼女は間違いなく大叔母君の家を気に入っているはずだ。
薔薇園で瞳を輝かせ、温室では興味津々に珍しい植物を見ていた。
屋敷全体の雰囲気も華やかでありながら上品で、彼女に不満を抱かせる部分はどこにもないはずだ。……部屋数だって足りている。
それでも、今のところ頷きそうにない。
(……あの書庫が無ければ)
森の書庫があまりにも良すぎた。
正直それ以外は、どこにも良い点なんてない。
馬車で図書館まで四十分も掛かるのだ。それだけで充分面倒だ。
ただ、その面倒がどうでもよくなるほどに、あの書庫が魅力的だった。
(くそ!! 夢中になりすぎた)
あまりのことに我を忘れて本を見ていた。
楽しすぎた。
(あの書庫内部に悪いところを見つけなくては)
アリステアは決意を固めた。
* * *
(……いくらなんでも、分かりやすすぎます)
イーディスは呆れた。
お嬢さまの婚約者は賢い方だと思っていたのだが、存外愚かである。
「……床が傷んでいるな」
「……直せばいいのでは?」
「光があまり入らないな」
「書庫ではそれぐらいが良いのでは?」
「……全て埋まっていないな」
「アリスさんの本が入る余地があって良いのでは?」
書庫の悪い箇所を列挙しているつもりのようだが、どれもこれもお嬢さまの返り討ちに遭っている。
「アリスさん」
「……なんだ?」
「そんなに必死になるほど、こちらの書庫が気に入ってますの?」
「ち、違う!!」
「……まぁ、いいですけど」
「俺はそこまで気に入っていない」
「分かりました。とりあえず使用人棟に行きましょう」
お嬢さまはスタスタと先を歩く。
ペンフォード様が慌てたようにその後を追いかけた。
* * *
クラリッサはちょっとだけイライラしていた。
アリスさんは書庫が悪い場所であると訴えてくるのだ。
とてもどうでもいい理由で。
そんなんでクラリッサが降参するとでも思っているのだろうか?
(全然分かってませんわ!!)
クラリッサはアリスさんと一緒に暮らせればどこでもいいのだ。
どうせならアリスさんに喜んでもらえる場所がいい。
それだけなのに。
(……アリスさんが同じ気持ちなのは分かってますけど)
そう。クラリッサのことを考えてくれているだけだと。
でも、だからこそ余計にイライラする。
そういうことじゃない!! って叫びたい。
(叫んじゃえばいいのかしら?)
使用人棟の説明が頭に入ってこない。
せっかくきちんと向き合おうって誓ったのに、それもこれも全部アリスさんが悪い。
プンプンしながら使用人棟を見終えて、クラリッサは気分転換に庭へと向かうことにした。といっても、ここは手入れされていない。
池と草があるぐらいで、あとは無駄に広い。
優雅さの欠片もない庭を進む。池は藻が繁殖していて緑色。
(……うぬぬ。ここが素敵なお庭なら、わたくしの方がアリスさんを説得できますのに)
思わず池を睨んでいると、その先に鬱蒼とした木々が見えた。
どうせなら行けるとこまで行ってやると足を進めていると、アリスさんが手首を掴んできた。
「……なんですか?」
「いや、さすがに暗いし危ないかもしれない」
「でも敷地内ですわ。森ではないみたいですし」
クラリッサは制止を無視して、進む。
アリスさんがため息を吐いた。
(誰のせいだと思ってますの!!)
勢いよく一歩を踏み出すクラリッサより早く、アリスさんが先へと進み、手を差し出してきた。
(ずるいですわ!!)
イライラさせるくせに、キュンキュンさせるとは、どういうことなのか。
アリスさんの手を弾く……ことまではできず、クラリッサは大人しくその手を取る。
アリスさんの口元がほっと緩んだのが見えた。
(本当にずるいですわ!!)
アリスさんへの文句をひたすら心の中で繰り返しながら、クラリッサは先へと進む。
木々の葉に光を遮られ、暗くじめじめとしている。
ちょっとだけ怖いが、そんなことはバレたくない。
アリスさんが手を繋いでいてくれて良かったとひそかにほっとしながら、小さな道を、道なりに歩く。
少しだけ、ほんの少しだけ空間がひらけた。
光がわずかに差し込む、その先に。
「……アリスさん」
「……」
クラリッサの心は決まった。
アリスさんが、なんと言おうと決まったのだ。
「ここで、決まりですわ!!」
目の前には、東屋。
鬱蒼とした木々の中、誰にも見つからないような場所にある、東屋。
「……そうだな」
アリスさんも降参してくれて、クラリッサの気持ちを理解してくれたのだと分かる。
「ふふ。お手上げですのね?」
「ああ。ここまで揃ってはさすがに無理だと悟った」
「まぁ、遅いですわ」
「……アジサイを植えるんだろう?」
「当然ですわ!!」
学園で、アリスさんと過ごした東屋。
思い出の場所によく似ていて、ここで過ごす日々が今からクラリッサは楽しみで堪らない。
「やることがいっぱいだな」
「そうですの?」
「ああ、間取りを決めなくてはいけないし、修繕は必要だし」
「そうでしたわね。書庫の床は傷んでましたものね」
「……ああ」
「ふふ!!」
クラリッサはアリスさんと手を繋いだまま、東屋を見つめた。




