第19話 公爵令嬢は確信する
彼女は嬉しそうに深緑色のリボンをつけた。
元々つけていた青いリボンと、他のリボンは侍女が大事に持っている。
「ふふ。今日の服にも合ってますよね?」
同じ深緑色系統の外出用のドレス。
動きやすさを重視したとかで、スカートは足首丈で、動きを妨げないようふわりとしている。
くるくると回ると、ふわふわと裾が揺れる。
「……ああ」
可愛いという言葉はなんとか飲み込んだ。
彼女は馬車を降りてすぐに、その場でくるくると回ったのだ。
得意げにリボンを見せびらかす彼女が可愛くないわけがない。可愛いしかない。
密かに悶えていると。
「今日は大叔母様の家からですわね」
するりと腕を掴んで絡めてきた。
(え?)
驚いている間に絡んでいたはずの腕は解かれ、代わりにぎゅっと腕を掴まれた。
「時間は待ってくれませんわ~!!」
彼女はとても元気よく駆けだした。
* * *
「で、アリスさんはこの薔薇園と温室のどこがお気に入りですの?」
彼女は手を腰に当てて、とても真剣な眼差しでこちらを見ている。
「……薔薇がたくさん咲いている」
「そうですわね」
「温室には変わった植物がある」
「そうですわね」
「……あそこで昼寝するのは気持ちよさそうだ」
「……!! それはそうですわね。今のだけ本音ですわね」
(なぜ見抜かれた……)
温室の方を指し示して昼寝の話をした時だけ、本音だと言われ、その通りだった。
「他は別にどうでもいい、ということですわね?」
「……そうは言っていない。間取りとか考えなくてすむのは面倒がない」
「それも本音ですわね」
「全部本音だ」
「まぁいいですわ」
スタスタと彼女が歩いていく。
その後ろを歩きながら、ふと気になって、管理人に声を掛けた。
「そう言えば、使用人棟を見ていないのだが」
「……使用人棟?」
彼女が不思議そうに首を傾げた。
「ああ。君の家だって使用人棟はあるだろう?」
「ありますけど?」
関係あります?という首の傾き具合に、アリステアは何と言うべきか悩む。
筆頭公爵令嬢は、使用人の日常など気にせず生きてきたのだろう。
これからもそうさせるべきなのか。
(……使用人は公爵家から派遣される)
それなら彼女が使用人棟を気に掛ける必要はないと思うが、どうしてもアリステアは同じ気持ちにはなれない。
「使用人は俺たちの生活を支えてくれている。だから使用人棟は、彼らが穏やかに暮らせ、仕事ができる場所であるべきだと思う」
「……」
彼女のローズピンクの瞳が何度か瞬いた。
ゆっくりと考えている時の癖だ。
「……考えたことも、ありませんでしたわ」
「今から考えればいい。君の家の使用人については、おそらく公爵閣下や公爵夫人がきちんと考えているはずだ」
彼女の後ろに控えていた侍女がコクリと頷いた。
「……使用人棟も見たいですわ」
彼女の手がアリステアの手と繋がる。
震えていることに気づき、ぎゅっと力を込めた。
* * *
大叔母様の使用人棟は、クラリッサから見れば、少しこじんまりとしていた。
イーディスに訊けば、狭いと言えなくはないが、一人一人の個室があり、ベッドと机と収納もあるので、問題なく過ごせると言われた。
他に厨房、リネン室、地下の食糧庫、それから使用人たちの食堂を見た。
(全然分かりませんわ)
ちらりとアリスさんを見る。
アリスさんはすぐにクラリッサの視線に気づいてくれた。
「……俺も分からないから」
「え?」
「まず、使用人の数も分からない。つまりこれで十分なのか判断ができない」
「……そうですの?」
「とはいえ、公爵夫人がそこも確認しているはずだから、大丈夫だとは思う。使用人の数について、君の方から確認してもらえるか?」
「あ、はい」
「今後の参考にしよう」
「……はい」
アリスさんはいつだって優しい。
クラリッサが不安に思っていることに気づいてくれるだけではなくて、頼りないクラリッサにも信頼を預けてくれる。
(……この人と一緒)
好きとか、そういうことだけでなくて。
不安なことがあってもきっとずっと一緒にいられる。
クラリッサは、そう確信した。




