第18話 公爵令嬢は飛びつく
(あああああ!! 恥ずかしい。恥ずかしい)
アリスさんと下見をした翌日、クラリッサはソフィア様の課題と向き合っていた。が、ふとした拍子にお母様の話を思い出して、一人悶々というか居たたまれない気持ちになっていた。
クラリッサとしては真剣に『子供部屋の数』について考えていたのだ。
だが、そこに至る工程までは想像していなかった。
(アリスさん……頑なにあの話題から逃げてましたわ)
過去に戻れるなら、あんなことは絶対に口にしなかった。
気にはしたと思うけど、ぎゅっと口を閉じて候補から外せばいいだけだ。理由を訊かれたら、なんとなく、で誤魔化せばアリスさんは優しいから「そうか」って言ってくれたはず。
(もう……わたくしったら、どうして)
お母様からは『そこが貴女の可愛いところだけれど、これからは貴女ひとりではなく、未来の旦那様にも影響することがあるのよ』と言われた。
今回のは可愛い笑い話ですむ……らしい。けれど、全てにおいてそうとは限らないと、釘を刺されたのだ。
(気をつけなくっちゃ)
知識があっても意味はない。さらに想像力を働かせて。
そこまで考えて、別の想像に行きそうになってクラリッサは慌てた。
手元の本に目を落とす。
(そうよ!! 気持ちを切り替えて。今は『ノースデール地方の特産品と気候との関係性』について考えるんだから!!)
クラリッサはペンを握りしめ、必死に文字を追いかけた。
* * *
視界の隅で、見慣れたピンクブロンドの髪が揺れた。
アリステアはいつものように図書館にいて、一階の書架で『紛失書』を探していた。
(……まだ、あの青いリボン)
季節は秋になろうとしているのに、彼女の髪には青いリボンが結われている。
手首のハンカチはやめたらしい。でも大事に持っていると、この間教えてくれた。
(秋らしいリボン……を贈っても、もういいのか……)
あの青いリボンを贈った時は、『お詫び』という言い訳が必要だった。
けれど、今は言い訳もなにもいらない。
贈りたいと思ったら贈れる。
口の端が緩む。
(ソフィアのお気に入りの、あの店は、何時まで営業していただろうか?)
アリステアは時計へと視線を走らせる。
(定時すぐに出られるように、急いで仕事をしよう)
いつも以上に早足で、アリステアは地下へと向かった。
* * *
そうして週末。
クラリッサは下見に向かう馬車の中で、隣に座ったアリスさんから紙袋を渡された。
「……あの?」
「いらなかったら……返してくれればいいから」
「はい?」
クラリッサは意味が分からないままに、紙袋の中を覗く。
箱が現れた。見覚えがある。
紙袋をイーディスに渡し、包装紙を解こうとするも馬車の揺れでうまくいかない。
今回ばかりはイーディスを頼ると、彼女は見事に包装紙を解いてくれた。
イーディスから箱を受け取り、震える手で蓋を開けた。
現れたのは、リボン。
それも六本もある。
赤葡萄色。赤紫色。くすみローズの赤系の三色と。
琥珀色。濃い茶色。そして深緑色。
「アリスさん……」
「……そろそろ秋らしい色のリボンがいいかと思ったんだ」
「……」
さらりとしたシルクの質感。
クラリッサは一本一本、確かめるように触れた。
「ただ……どれがいいのか分からなくて」
「それで六本も?」
「ああ、三本は似たような色だと思うが」
「いいえ、違いますわ」
「……なるべく、君の家庭教師の服と色味を合わせたつもりなんだが」
「嬉しい!!」
クラリッサは感極まって飛びついた。
馬車の揺れも相まって、アリスさんに突撃する形になる。
「ちょ……!!」
驚いていても、クラリッサを受け止めてくれるアリスさん。
その腰へと回した腕にぎゅっと力を込めた。
「……離れて」
「嫌ですわ!!」
「いや……って君ね……」
「ふふ。嬉しいです」
「それは分かったから」
「本当ですの?」
クラリッサは手を離し、アリスさんの顔を覗き込む。
頬が赤くなっていた。
アリスさんの表情すべてが見たい。
「イーディス」
「はい」
「後ろを向きなさい」
「……お嬢さま?」
「君、何をする気?」
「アリスさんの前髪を上げたいだけです。イーディスは見てはいけません」
「……はぁ」
イーディスのため息が聞こえてきた。
それでも。
「分かりました」
その返事にイーディスを見れば、後ろは向いていなかったが、目は閉じられていた。
クラリッサはアリスさんの前髪へと手を伸ばす。
「……君ね」
黒い瞳が呆れたように自分を見ていた。
「一歩遅かったですわ!!」
先ほどの照れたような表情は、もうなくなっていた。
それでも、黒い瞳は綺麗で、クラリッサはちょっとだけ満足した。




