第17話 公爵令嬢は高笑いを聞く
三軒の下見を終え、クラリッサたちは公爵邸へと戻ってきた。
「どれが良かったのかしら?」
公爵邸二階のサロンに向かうと、お母様がすでに待機されていた。
テーブルには三人分の紅茶セット。
お皿の上には胡桃のクッキーと栗のフィナンシェ。
「アリスさんは、どれが良かったです?」
隣に座ったアリスさんに声を掛ける。
「……ん。そうだなぁ。大叔母君のお屋敷がいいのでは?」
「まぁ、そうですの?」
「君は?」
「わたくしは書庫が広い、森のお屋敷がいいかなぁと思いましたわ」
「あら? 二人で意見が違うのね」
「困りましたわ」
「君はどうして森のお屋敷を?」
「え? ですから書庫が広くてアリスさんが好きそうですわ」
「……君は?」
「え?」
「君はあの家のどこがいいんだ?」
「ですから、書庫が」
「それは俺が気に入っているところだよな?」
「ええ。そうですわ」
「そうじゃなくて、君は?」
「……」
「アリスさん、クラリッサを苛めないであげて」
「……申し訳ありません」
アリスさんが謝るのでクラリッサは、慌てて話題を変える。
「アリスさんはどうして大叔母様のお屋敷を?」
「……」
「アリスさん?」
「薔薇園と温室がいい」
「素敵でしたわね」
「それに、間取りの変更や修繕の必要も少なそうで」
「そうでしたわ」
クラリッサはうんうんと同意をする。
とても上品で美しいお屋敷だった。
「なるほど、そういうことね」
紅茶を飲みながらクラリッサたちの話を聞いていたお母様が、静かにカップを置いた。
「ふたりとも、お互いが気に入っている方を選んでいると」
「え?」
「……」
クラリッサは気づいていなかったが、アリスさんは気づいていたらしい。
黙っている。
「あ、アリスさん?」
「……君が楽しそうだったから」
「そうですけど。わたくし、森のお家でも楽しかったですわ」
「……」
アリスさんが夢中になって本を読んでいるのを見て、クラリッサはいいと思ったのだ。アリスさんのためなんかじゃない。自分のためだ。
「わたくしはアリスさんと一緒に暮らすのに、あの書庫がいいなって思ったんです」
「……俺もだ」
「え?」
「俺も君と暮らすのに、あの温室と薔薇園がいいと思ったんだ」
クラリッサの心がまたふわふわと浮かび上がり、着地できそうにない。
ふわふわとどこまでも高く高く舞い上がっていく。
「ところで」
お母様が口を挟んできた。
「もう一軒はどうしてダメだったのかしら?」
ビクリとアリスさんの肩が揺れた。
クラリッサは、心をふわふわさせたまま答える。
「お部屋が少なかったのです」
「……そうかしら?」
「だって、子供が三人以上だとお部屋を改築しないといけないんです」
「……」
お母様が扇子を開いた。
口元が見えなくなる。
不思議に思いつつ、クラリッサは言葉を続けた。
「わたくしたち、何人産むか分からないですし」
「産むのは貴女ひとりよ」
「……!! そうでしたわ」
「貴女の旦那様は、何人産ませる予定かしら?」
「こ、公爵夫人!!」
「おほほほほ!!」
聞いたこともない高い笑い声が、扇子の奥で響いている。
「お母様!?」
「ねぇ? クラリッサ」
「はい」
「あまり、アリステアさんを困らせてはいけないわ」
「……あの?」
「あとでお話しましょうね」
「はい?」
いまだお母様は、おほほほと高笑いをしている。
アリスさんの前にはいつの間にか水の入ったグラスが置かれていた。
イーディスが用意したのだ。
それをアリスさんが飲み干していく。
「さて」
パチンと、扇子が閉じられた。
お母様の顔はとても真剣だった。
「一番条件が良さそうだった図書館近くのお屋敷は、候補から外すということで良いのかしら?」
「はい!」
「……はい」
にこりとお母様が微笑んだ。
「それでは、あとの二軒のどちらにするか、ね。今の様子だと平行線でしょうから、また来週見に行ったらいいわ」
クラリッサはもうすでに見たのだから無駄ではないかと思ったのだが、隣でアリスさんが頷いたので、来週も下見に行くことにした。
(……またアリスさんとお出かけできると思えばいいんですもの)
今日一日、とても楽しかった。
それが来週も約束されているのだ。
文句などなかった。




