第16話 公爵令嬢は家族の暮らしを考える
「まぁ、素敵ですわ」
彼女の目が輝いている。
公爵閣下の大叔母君の屋敷は、とても豪華だった。
アイボリーを基調とした小さな薔薇模様の壁、上品なピンク色の絨毯。
家具も残っていて、どのように生活していたのかが分かる。
「こちらはサロンですわね」
「そのようだな」
「舞踏室もありますわ」
くるくると舞踏室で回り始める。
とても楽しそうだ。
アリステアの手から離れて、あちこち見に行っている。
ところが、しばらくすると静かになった。
彼女が部屋の入り口で立ち尽くしていた。
「どうした?」
アリステアは彼女の後ろから中を覗き込んだ。
(……っ!!)
広い部屋には、ソファやテーブル。
そして。
ゆったりとした大きめのベッド。
「あ……あの、こちらは寝室のようですわ?」
「……そうだな」
夫君が亡くなられてからはお一人で過ごしていたと聞いていたのだが、夫婦の寝室をそのまま個人の寝室として利用されていたようだ。
「……ベッドが大きいですわね」
「そうだな」
「……ふたりで」
「んんんん!!」
たまらずアリステアは咳ばらいで止めた。
「……ご、ごめんなさい」
「いや……他の部屋を見よう」
アリステアは早々に寝室から立ち去ることを決めた。
(部屋の規模も様子も見た。これ以上は必要ない)
「わ、分かりましたわ」
* * *
「薔薇も色んな種類がありますのね?」
「ええ、奥様はとても薔薇が好きでしたので」
「あちらの温室も薔薇ですの?」
「薔薇もありますが、温室でしか育てられない植物も」
薔薇園と温室は、管理している庭師がアリステアたちを案内してくれた。
彼女は興味津々だった。
薔薇の匂いを嗅ぐために花に顔を近づけたり、危うく棘に触れそうになったり。
(……ここが良さそうだな)
さきほどの森の屋敷だと住むためには、色々と修繕が必要なうえに、部屋の間取りも考え直さなくてはいけない。
だが、こちらの屋敷なら、このままの間取りで問題なさそうだ。
家具も使えそうなものが多い。気に入らないのであれば、好みのものに変えればいいだろう。
「アリスさん、どうです?」
「そうだな。温室のここで休むのは気持ちよさそうだ」
「ふふ。そうですわね」
温室へと差し込む光が、彼女のピンクブロンドの髪を輝かせる。
(毎日、この笑顔が見れるのか)
ぐっと胸が熱くなった。
* * *
最後に、図書館から近いお屋敷を見た。
「アリスさん、凄いですわ。こちらも書庫が」
「そうだな……」
とはいえ、森の屋敷の書庫を見た後だと、感動がやや薄れる。
それでも王都の中心で、これほどの規模の書庫はそうそうないだろう。
三階建ての屋敷のうち、二階の空間をほぼ書庫に使用している。
一階が来客用や食堂で、三階が家族用の空間になっていた。
アリステアは、ひとつひとつの部屋の扉を開ける前に、深呼吸するよう心掛けた。
どこに寝室があるのか分からない。
そして、寝室には必ずベッドがある。
そこに何人寝れるかだなんて考えてはいけない。
「部屋数が少ないような気がしませんか?」
「まぁ、そこまで広くないからな」
「ご夫婦とお子様お二人なら、特に問題ありませんよ」
案内してくれた管理人がにこやかに微笑む。
その気安さが良くなかったのか、彼女は「ん~」と考え込んでから言った。
「でも、三人だったら?」
「それでしたら、他のお部屋を改築されたら如何でしょうか?」
「……四人だったら?」
「それは……」
「わたくしたち何人産むか分かりませんよね?」
アリステアはくらくらしていた。
頭の中で産むのは君だけだと思ったが、そういうことではない。
「分からないから、今、考えなくても……」
耐え切れず口を挟んだのだが。
「でも、重要なことですわ」
確かにその通りで、反論できない。
しかも彼女の目は真剣そのもの。
「……それについては、公爵家で考えよう」
とりあえず、今は逃げたかった。




