第15話 公爵令嬢はぬくもりを閉じ込める
書庫を見て、森のお屋敷の下見は終わった。
次は大叔母様の家へと向かう。
クラリッサは一度も行ったことがない。
馬車に揺られながらアリスさんがお屋敷の間取り図を見ている。
「先ほどの屋敷の方が広いみたいだな」
「でも、お部屋数は結構ありますわ」
ひょいっと隣から覗き込めば、アリスさんがビクリと体を震わせた。
「……」
「す、すまない」
クラリッサはアリスさんから間取り図を奪う。
そして、アリスさんへと顔を向けた。
「嫌でしたの?」
「え?」
「……先ほどの……抱擁……」
そんなことはないと思いたい。
だって可愛いって言ってたし、うなじは赤くなってたし。
でもあれからずっとアリスさんに避けられている。
「ち、ちがう。不用意に触れないように気をつけていて」
「別にアリスさんなら……良いのですけど?」
「んんん!!」
イーディスが咳き込んだが、クラリッサは無視した。
基準は服を着ているか着ていないか、だ。
今の発言に問題はないと判断した。
「わたくしも先ほどの……抱擁はとても驚きましたけど、わたくしたちは婚約者ですし、服を着ていますし、その……恥ずかしくはありますけど」
「心臓が持たない!!」
アリスさんにしては、声が大きかった。
「頼むから、こっちの心臓のことも考えてほしい」
「……ドキドキしますの?」
「何を当たり前のことを!!」
アリスさんの言葉にクラリッサはにんまりとしてしまう。
赤く染まったうなじだけでも嬉しかったのに、はっきりと言葉にしてもらえたのだ。
「うふふ」
「悪かったな。余裕がなくて」
「まぁ、文句なんて言ってませんわ」
「……はぁ」
隣でため息を吐いているアリスさんが、段々可愛く見えてくる。
「わたくしも余裕がありませんもの。お揃いですわ」
「君の方が絶対に余裕がある」
「そんなことありませんわ。あ! 触れてみます?」
クラリッサは自身の胸元を押さえた。
「んんんん!!」
向かいでイーディスが大きく咳ばらいをした。
「それは服を着ていてもダメだ」
「ちょっと手を当てるだけですよ?」
「……ダメだ。絶対に」
アリスさんの声はとても低く唸るようだった。
(……そうでしたわ。確か小説の中でも……)
「あ、あの、アリスさん!!」
「なんだ?」
「別にそういうはしたない意味ではなくて……」
「分かっている。心拍を知らせたかっただけだろう?……それなら、手首で分かる」
「え?」
「ほら?」
アリスさんの手が、クラリッサの目の前に出される。
「手首に手を当てて」
「こ、こうですの?」
そっと手を添えてみる。
「ん。そのまま、少しだけ強めに押さえると分かる」
言われるがままに指に力を入れた。
「……あ、ほんとですわ。ドキドキしています」
筋のような物が規則的に皮膚の下で脈打っているのを感じる。
(……なんだか同じだけドキドキしますわ)
「心拍と一緒だからな」
クラリッサはアリスさんの手から指を離した。
「じゃあ、アリスさんもわたくしの手首をどうぞ」
「……」
「アリスさん?」
アリスさんは、はぁとため息を吐いてから、クラリッサの手首に触れた。
(……大きいですわ)
その手がクラリッサの手首に痕を付けたことを思い出す。
なんだか熱が上がっていく。
「速いな」
「う……うう」
「やめるか」
「ええ。心臓がもちそうにありません」
アリスさんの手がそっと離れる。
でも、その一瞬、アリスさんの親指がクラリッサの手首をやさしく掠めていく。
「アリスさん!!」
「ああ……すまない」
「もう!!」
クラリッサは手首を押さえた。
アリスさんのぬくもりを閉じ込めるように。




