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婚約者になった公爵令嬢は、我儘をつき通す  作者: 星見蒼


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第1話 公爵令嬢は何度も文字を追いかける

 食堂にはお兄様がいた。


「おはようございます」


 クラリッサは上機嫌で挨拶をする。

 お兄様はジトーっとした目でこちらを見た。


「……ご機嫌だな」

「まぁ、お兄様!! お兄様はご機嫌ではありませんの?」

「……お前のせいで半々だ」

「わたくしのせい?」


 クラリッサは心当たりがなく首を傾げた。


「なんで、あの男と、何度も踊った!!」

「まぁ!! お兄様、見ていてくださいましたの?」

「喜ぶところではない。あと、見たくて見たわけではない」

「アリスさんのダンス、素敵でしたでしょう?」

「……あの男の名前を呼ぶな!!」

「うふふ。お兄様ったら。アリスさんのダンスが素敵だからって嫉妬ですの?」

「違う。そっちじゃない」

「まぁ、どっちですの? あら? もしかして、アデレインお義姉様と喧嘩されましたの?」

「しない! そんなのしない!! アデレインと喧嘩なんて絶対にしない」

「そうですわよね。喧嘩なんてしたら、婚約の話が吹き飛んでしまいますものね」


 クラリッサはご機嫌だったので、お兄様に少し酷いことを言っていると気づかなかった。



 * * *



「クラリッサ」


 午後になって、クラリッサはお父様の執務室に呼び出された。

 執務室にはお母様もいて、ソファに座るように促された。

 お父様は物凄く渋い顔をして、執務机から動かない。


「旦那様」


 お母様がお父様を呼ぶ。うぬぬ……という声が聞こえた。


「旦那様?」


 もう一度お母様がお父様に声を掛けた。

 それでもお父様は唸るだけ。

 不思議に思っていると、お母様がソファから立ち上がり、執務机の上から何かを取った。


「あ! 待て」

「……あなた、いい加減になさってください?」


 お母様の声が少し低い。あれは怒る前兆だ。

 クラリッサは条件反射でぶるりと震えた。


「し、しかし……」

「決めるのはわたくしでも、あなたでもありません。クラリッサです」

「まだ、まだ早い!!」

「クラリッサはもう成人していますわ」

「それでも早い……」

「あら? では、以前話したように、わたくしとクラリッサが家を出て……」

「ああああ!! 分かった。分かったから」

「……あなたはそこで大人しくしていてください」


 お母様とお父様の話し合いは終わったらしい。

 がっくりと肩を落としたお父様が諦めたようだ。執務椅子がくるりと回り、お父様の顔が見えなくなった。


「お母様?」

「気にしなくていいわ。お父様は少し寂しいだけですから」

「寂しい?」

「ええ。はい、これ」


 クラリッサは唐突にお母様から紙を渡された。


「……しんじょうしょ……身上書?」


 それが何を意味するのか、読み込むうちにクラリッサの心臓が大きく音を立てていく。


(あ……どうしましょう。嬉しすぎて、手が震えますわ)


 とうとう、見慣れた文字を目にして、クラリッサは一旦身上書をローテーブルの上に置いた。

 すーはーと息を整える。一度では足りず、何度も、何度も深呼吸した。

 ぎゅっと胸を押さえながら、身上書へと手を伸ばす。


 ――私は、クラリッサ・ブランデルウッド嬢との婚約を希望いたします


 その一文と、


 ――アリステア・ペンフォード


 署名。


「お……お母様!!」


 クラリッサはお母様に抱きつこうとして、身上書を持っていることに気づき、わたわたした。

 にっこりと微笑むお母様が、クラリッサの震える手から身上書を丁寧に取り上げ、テーブルの上に置いた。

 そして、ぎゅっと抱き込まれる。


「良かったわね。クラリッサ」

「……ど、どうしましょう」

「ふふ」

「わ、わたくし……どこにどう署名したらいいんですの?」

「……」


 お母様の腕の中から、テーブルの上の身上書を見つめる。

 それらしい余白が見つけられない。


「返事はお父様がするのよ」

「え? わたくしは署名できませんの?」

「それは、正式な婚約書に」

「は、早く署名したいです!!」

「……っぐ」


 執務机の向こう側からお父様の変な声が聞こえたが、そんなことはどうでもよく。

 クラリッサはとにかく、自分の名前を書きたくて書きたくてたまらなかった。


「気持ちは分かるけど、まずは顔合わせからよ」

「え? もう何度も会ってますけど?」

「両家の、顔合わせよ?」

「……あ、そうでした! いつ? 今日は無理ですよね?」

「お相手の都合もあるから、無理ね」

「ら、来週がいいです」

「とっても早いわね」

「……ダメですの?」


 お母様の視線がお父様の方へ向けられる。

 クラリッサもお父様を……お父様が座っている椅子を見た。


「まぁ、遅くても早くても変わらないわね」

「……お母様?」

「こちらからは『来週』と打診します。あとは先方の回答待ちね」

「は……はい!!」


 クラリッサの心臓はまだドキドキしている。


「さぁ、これを持っていきなさい?」


 そう言って、お母様は身上書をクラリッサに手渡した。


「え? 良いんですの?」

「ええ、鍵の掛かる箱は持っているわね?」

「はい」

「鍵を掛けて、大事に仕舞うのですよ」

「はい!!」


 クラリッサは身上書を胸に抱えて、立ち上がった。


「お父様、お母様、来週よろしくお願いします!!」


 元気よく挨拶をして執務室を出た。



 * * *



「書いてある。アリスさんの字。見て、マリア!!」


 クラリッサは部屋に入ると、すぐにベッドに飛び込んだ。

 身上書を大事に大事に抱え込みながら、ベッドの上で悶える。


「……どうされました、お嬢さま。って、婚約の申し入れ」

「そうなの! これがアリスさんの字よ!! はぁ~」


 クラリッサはその字を指で辿る。

 何度も、何度も。


(ふふ。アリスさんの字は大好きですけど)


 これは格別。

 クラリッサは嬉しくて堪らなかった。

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― 新着の感想 ―
はじめまして! 1作目から読ませていただいていたのですが、もう2人が可愛いすぎてなんで尊いものを!感謝すぎる…!と思い、感想書かせていただきました。 とっても可愛い2人の今後を今連載されてるものも読み…
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