第13話 公爵令嬢は新居選びを始める
公爵夫人と話をした一週間後。
新居の下見に、彼女と出掛ける。
彼女はアリステアの手を借りて、馬車へ。
侍女にも手を貸そうとしたところで、侍女に引っ込むように目線で促された。
アリステアは、大人しく馬車の座席に座る。
侍女は護衛騎士の手を借りていた。
「楽しみですわね」
窓の外を眺めていた彼女が、アリステアへと顔を向けた。
隣に座っているので距離が近い。
向かいには、いつもの侍女が控えている。
「どんなお屋敷か、ドキドキしますわ」
「ああ」
隣から感じるわずかな熱に、アリステアは先日の公爵夫人の言葉を思い出す。
――閨について、あの子は『旦那様にお任せ』といいましたの
よく聞く言葉だと、アリステアは思っただけだった。
だが、公爵夫人は違った。
――もし貴方が変な趣味の持ち主だったら? 結婚したことをいいことに、あの子の気持ちなど無視して事に及ぶようなことがあったら?
ハッとした。
アリステアには、もちろんそのつもりはない。
だが、『お任せ』という言葉を、あの素直で真面目な彼女がどう受け止めるかは分かる。
――あの子は貴方につけられた痕を喜んだのよ
公爵夫人は不安な表情を隠すことはなかった。
――だから、あの子には『普通』が何かを知っていてほしかった。『異常』なのだと感じられるようにしたかったのよ。……『お任せ』ではなく。
アリステアは何も言えず、ただ、公爵夫人に頭を下げるだけだった。
「アリスさん?」
「いや、今日中に三軒も回れるのかと思って」
「ふふ、今日が無理でしたら、明日は……あ、でも連日では疲れてしまいますわね」
「……すまない」
「いえ、お仕事ですもの。それにわたくしだってソフィア様との予習がありますわ」
「君の方が、忙しいかもしれないな」
「ふふ」
彼女が笑う。
何が楽しいのか分からないのだが、アリステアといて笑ってくれるのだ。
思わず手が伸びて、彼女の手に触れてしまう。
驚いたようだけれど、彼女の方から握り返してくれた。
「……わたくしたち服を着てますものね」
頬を染めながらも、そう返す彼女が可愛くてたまらない。
だからこそ、緩すぎる判定にアリステアは納得がいかなかったが、それでも手を離す気にはなれなかった。
* * *
「まぁ、凄いですわ」
アリスさんの手を借りて、今度は馬車から降りる。
繋いだ手はそのまま、二人で並んで歩く。
密かにドキドキしているのだけれど、それはアリスさんには内緒。
だって、恋人同士はこれが普通で、そのうち腕だって組むのだ。
それに、今は普通の手繋ぎだけど、恋人繋ぎというのも存在するらしい。
この程度でドキドキしているなんて言ったら、アリスさんは次の段階に進んでくれないかもしれない。だから、内緒。
「周りに家が少ないな」
「すぐ後ろが森ですわ!」
クラリッサは走ろうとして、アリスさんと繋がったままの手に止められる。
「……便利だな」
笑われた。
それすらキュンとする。
「森は後にしよう。というか……敷地内ではないのでは?」
「……そうなんですの?」
「図面を見る限りはおそらく。まずは、屋敷内から行こう」
「分かりましたわ」
クラリッサはアリスさんと一緒に玄関へと向かった。
* * *
玄関でアリステアたちを待っていたのは、アルドリッジ商会の商会長。
ここは、彼らが取り扱っている屋敷だった。
商会長と挨拶を終え、早速屋敷内へと足を踏み入れた。
「とっても素朴だわ!!」
「……ウォールナット?」
玄関ホールは広く、床と壁は濃い茶色の木材で統一されている。
天井は二階までの吹き抜けで高く、階段にも同じ木が使われているようだ。
「ええ、こちらはウォールナットです。今はこのようにくすんでおりますが、磨けば艶がでます。素朴でありながらも、重厚感のあるお屋敷になるかと」
前を歩く商会長が足を止めて、アリステアの疑問に答えた。
「すごいですわ! アリスさん一目で分かりますの?」
「……いや、家具によく使われる木材だから」
「わたくし木材の名前なんて……」
「君、特産品は得意だっただろう? 家庭教師としての記憶を探ったら……」
「あ! でも……なんだかおもしろくありませんわ」
「悪かった。まぁ分からなかったら訊けばいいしな」
「ええ。今は家庭教師ではありませんもの。アリスさんの、こ……婚約者ですわ」
「……そう、だな」
先に進もうとしていた足が、止まってしまう。
隣を歩いていた彼女が頬を染めている。
(……ああ! いちいち可愛い)
ぐっと気持ちを押さえようとして、彼女の手を強く握ってしまう。
慌てて緩めようとするも、小さな手がきゅっと動く。
「うふふ」
(あ~、くそ!)
胸の中をかき混ぜられている感じがする。
「次はどちらですの?」
彼女は楽しそうに商会長へと突撃していく。
当然アリステアもくっついて行くことになった。




