9.エイナ・トワードと父の呪縛
画材屋を訪ねた後、アインらは無事に人形の色付けを終える。彼女の人形作りは当初想像出来なかったほどうまくいった。
そしてしばらく過ぎた頃。いよいよアインの人形を展示する、学園祭の日となった。
早朝。エイナ・トワードは欠伸をかいて、背伸びをする。ことはなく、ただ静かに窓から外を見つめていた。
「………いよいよ今日ね。」
彼女が早起きしたのは、今日行われる学園祭を見学するためでもある。だがそれ以上に、昨晩の寝つきが悪かったからでもあった。
理由はエイナ自身がよくわかっている。
昨晩の夢、悪夢もとい彼女の悪しき過去が未だに脳内を駆け巡っていた。
『人形作り?それが何になる。それでお前は何になれる。まさかそれで食っていけると?それほど自分の腕に自信があると?』
亡き父の声がする。
言い返すことが出来ない故に、忌々しい言葉。
『お前は人形屋という看板を背負えるのか。それほどの人間になれるのか。』
エイナの父は厳格な人間であった。やるからには徹底的に。そうでなければ手を出すな。それが彼の主張であった。
だからこそ。生半可な興味で下らない夢を告げた幼いエイナは叱られた。
そこで言い返せばよいものを。己の熱意のまま、人形に向き合えば良かったものを。エイナはそれが出来なかった。
父の言葉に屈し、結局のところ逃げたのだ。
いや。父の言葉はきっかけに過ぎない。これで折れてしまうようならば、恐らく別の場所でエイナの夢はひた隠しにするものとなっていただろう。
つまりは、諦めの理由に父を使っていたのだ。
自身の情けなさは、勿論、エイナ自身が理解していた。
だが、情けなさを真っ向から認めることも、己を変えることも出来なかった。その強さがエイナには無かった。
「………………。」
窓に映るエイナ自身の顔は酷いものだった。
精気が無く、この間ここで人形作りに励んでいたアインとは大違いだ。
彼女はエイナとは違う。
己を曲げることなく、そして決定した意思を貫く強さがあった。そんなアインと、顔を合わせることが出来るのだろうか。
手にしていたカップを擦る。僅かな熱が手のひらに伝わった。
「……………。」
「ふわぁ。お、エイナ。早いな。」
欠伸をして体を伸ばすのは、同居人ヴィル・アリナだ。
「………助手一号。貴方も早いわね。」
「まぁな。何だかんだ学園祭、楽しみだからよ。」
「そう…。」
朝といえど、異様に静かなエイナを不思議がったヴィルは彼女の後ろ姿を傍目に躊躇いながらも口を開く。
「………なぁ。そういや、俺も気になってたんだけどよ。なんで人形屋じゃなくてなんでも屋やってんだ?」
それは以前、アインが発した問いと同じもの。そして、エイナがはぐらかしてしまったもの。
無論、彼女の中では整理のつかない物事で、漠然とした曖昧な言葉だけが浮かんでは消える。
「……前に言ったじゃない。何となくって。あぁ、稼げそうだからっても言ったわね。」
「ふぅん。……人形屋だけでも稼げると思うけどな。」
軽い返事に、エイナはつい父の言葉を繰り返す。
「私にそんな腕前があるの?」
「え?」
ヴィルは静かに、しかし怒りのような悲しみのようなものが籠もった瞳を向けられ怯む。
窓辺に手をやったまま振り向く彼女の内が、僅かながら綻んでいるようだった。
「私は、人形屋なんて看板を背負えるほどの人間かしら。」
「……………それは……。」
「ネガティブね。ごめんなさい。……朝食にしましょ。」
「あ、あぁ。」
淀んだ空気を断ち切るため、エイナはそそくさと朝食の用意を始める。ヴィルもまた、部屋の中央に位置するテーブルを綺麗にして食器類の用意をした。
今日の朝食はトーストだ。横にはたっぷりのバターにカボチャのサラダとスープが並ぶ。
2人は向かい合いながらも、話すことなく黙々と食事をする。
スプーンが食器にぶつかる音のみが部屋には響いた。
そうして食べ終わり、片付けをする時。ヴィルはぴったりと閉じていた口をようやく開いた。
「あのよ。エイナ。」
皿を流しに置きながら、言う。彼女の顔を見ることは出来ないが、それでも伝えるべきことを伝えようとしていた。
「俺は人形について詳しくねぇけどよ。でも、やりてぇことならやったほうがいいんじゃねぇか。……後悔、しちまうぜ。」
画材屋の男に言われた言葉と同じもの。
後悔をしないために行動をする。そんなことは、出来たら苦労はしない。行動をする勇気と強さがあればと、エイナはいつだって思っていたのだ。
「…………そうね。えぇ。ありがとう。」
投げやりに答える。
その様を見て、ヴィルは自身の言葉が響いていないことを実感した。だが、月並みの言葉をかけずにいられなかったのは、いつかの誰かを重ねてしまっていたからだろう。
小鳥の声が聞こえる。
軽快で弾む音は、群れをなして静かな2人の空間の緩衝材として鳴っていく。




