10.エイナ・トワードの〇〇屋
「おぉ。人が沢山だな。」
ヴィルが感嘆の声を上げる横で、エイナもまた同様の感想を抱く。
2人はアインの展示する人形を見る為、彼女の通うエクールセン学園へと足を運んでいた。石造りで舗装された道には、人がひしめき合う。皆、学園祭を楽しんでいるようである。
敷地内には丁度中央に時計塔があり、巨大な針が時間を刻んでいた。
「アインさんの展示は…こっちかしらね。」
立てかけられた手作りの看板を眺めたエイナは、不確かながらもアインのもとを目指す。
向かった先はレンガ出できたアーチ型の建物。中に入ることはなく、その入り口、屋根の下に数々の展示物がショーケース内に鎮座していた。
「おっ。アレじゃねぇか。」
ヴィルが指差した場所には彼の言う通り、アインの作成した馬の人形が飾られていた。
駆ける、というタイトルとその下にはアイエンアリステュエインの名。
「こうして見ると周りの奴らに負けねぇぐらい上手く出来てんな。」
「………そうね。」
堂々と飾られる馬の表情は人と比べて明白なものではない。だというのに、タイトル通り四足を駆使して自由に走るさまは一種の爽快感を仰いでいた。
それこそまさに、作り手であるアインの力なのだろう。
この馬は今この瞬間、草原を走っている。伸び伸びと、囚われることなく、己の心に従うままに。その姿にアインを重ねる。
不意に、優しい風が吹いたような感覚になった。
エイナは無意識に髪を耳へとかける。
「おっ。隣のやつもよく出来てんな。」
次にヴィルが注目したのはアインの作品の隣にある犬の人形だった。
タイトルは愛犬。恐らく、作成者が飼っているであろう犬は不思議なほど小さく、そのうえ、目を細めてだらしなく口を開けていた。
おおよそ野生で過ごせるような気配もない、飼い慣らされた犬。だが、幸福なことこの上ない顔は作成者の愛が注ぎ込まれたのを明らかにしている。
「こんなちっせぇのに、すげぇな。」
「……そうね。きっと、こだわりなんだわ。」
エイナは展示品の横でしゃがみ込み、微笑む。
「人形には、その人のこだわりが現れるわ。そのモデルへの愛も、その人の人となりも。だから、見るだけでも楽しいのよ。」
「だな。………でも、見てるだけで良いのか。」
「………………。」
そのひと言に、先までの雰囲気が一変する。
だが、それを承知してヴィルは言葉を続けていた。
「やっぱり自分で作るのも楽しいんじゃねぇか。」
「…………えぇ。もちろん。」
「なら、」
「でも、それは本気で向き合っていないからよ。きっと、人形作りに真摯に向き合えば、私は楽しめなくなるわ。いえ。そもそも向き合うことすら出来ないわね。………私は強くないもの。」
言い訳がましくまくし立てる様はまさに、無様のひとことだった。
それは勿論、エイナ自身が一番に理解している。誰よりも疎み、嫌い、諦めにも近い感情を抱いてきたのだから。
しかし、それでもなおヴィルは口を閉じることはなかった。
「本気で向き合うってのは、具体的にどうすりゃ本気なんだ?」
「え?」
「時間をかけりゃあ本気か?それともすげぇ賞をとれば本気か?」
「それは…。」
考えたこともない質問に、思わず動揺する。
本気、真摯などという言葉におくれ、それらに対してわざと意識を向けまいとしていたのだ。
「本気ってのがすげぇ賞とるってのなら、初めっから本気な奴らはいねぇだろ。試行錯誤して、そんでようやく掴む。……ハナから上手くいくことなんてねぇ。だから、」
ひと息区切り、ヴィルは息を吸う。
真っ直ぐ見つめる先には未だ迷っいるエイナ。
「だから…オマエがしたいことをしろよ。オマエはどうしたいんだ。誰かの言葉じゃなくて、オマエの言葉で答えてくれ。」
「私は……。私は、」
ずっと、人形が好きだった。
自分の好きなもの。
ハンバーグ、海、猫。それらを自分の手で作り出し、こだわり、表現する。目に見えた形での表現。
完成した作品を満足気に眺める時間。
幼い頃から、ずっと、大好きだった。
故に。
「私は……人形が好き。……だから、だからこそ、人形作りに本気で向き合いたいわ。……本気っていうのが、どうするのかは分からないけれど…。それでも、胸を張って堂々と人形作りをしたい…!」
「そうか。」
ヴィルはにやりと笑って答える。
「いいじゃねぇか。協力するぜ。」
「…………えぇ。ありがとう。」
エイナは立ち上がり、拳を握りしめる。それは決意の証でもあった。
「ヴィル。私、決めたわ。」
「?何をだ。」
「…………なんでも屋を畳むことを、よ。」
「!」
驚く彼をよそに、エイナはまるで幼子のように拳を前へ突き出して白い歯を見せる。
「そして、今日新たに人形屋を開くことにしたわ!」
「へぇ。名前は?」
「そうね……エイナ・トワードの人形屋…にでもしようかしら!」
「………………そのまんまだな…。」
「いいのよ!覚えやすいほうがいいもの!」
「まっ。それもそうか…。」
普段の調子に戻ったのを確認し、安心したヴィルは突き出された拳へ己の拳を合わせる。
エイナ・トワードの人形屋が、今ここに誕生した。




