8.エイナ・トワードと画材屋
石膏の焼き上がりを見る為、エイナらは工房へと移動した。
早速、鉄で出来た窯の扉を開く。
エイナは火傷をしないよう、先が五角形になった鉄板を使い、上手く石膏を取り出す。
「おぉ!中々上出来じゃない!」
感嘆の声と共に、ヴィルは取り出された馬型の石膏を見る。
確かに彼女の言う通り、鬣はしっかり形作られていて誰がどう見ても馬だと認識できるような造形だった。
「おかげさまで上手く出来ましたわ!それで、次はどうなさいますの?」
アインの問いに、エイナは壁に貼り付けてある棚をいじりながら答える。
「次は色付けね!少し待って頂戴。ここら辺に絵の具が……あら?」
「どうかしたのか。」
「……………弟子一号。お使い頼むわ。」
「絵の具ねぇのかよ…。」
思えば、以前の依頼の際も材料を現地で調達してきた覚えがある。
もしかすると彼女はヴィルが考えているよりも杜撰、もしくは大雑把な質なのかもしれない。
「つぅか使いって言っても、オレは絵の具に詳しくねぇぞ。」
「仕方ないわね。それじゃあ私も行きましょう。」
「私も!私も行きますわ!」
「もちろんよ!アインさんも行きましょ!」
女子2人はキャピキャピと飛び跳ねて意気投合している。
残念ながら、買い出しの何が2人を浮足立たせるのかヴィルには理解できなかったが、口を挟むことなくついていくことにした。
***
向かった先は市場。エイナの住む周辺には店らしき店がないので、少し歩いての移動となった。
「ふふっ。」
「?やけに楽しそうだなアイン。」
ひとりでに笑うアインを見て、疑問を抱く。
買い出しはまだ何ひとつとして終わっていない。どころか、市場へ到着したばかりだ。もしかすると店先に立つ人々の声掛けが面白く感じたのだろうか。
そう思っていると、アインは上品に揃えた指先を手元まで持ってきて言う。
「えぇ。私、買い物は家のものがしてくれますの。ですから、こうして赴くのが嬉しいんです。」
「ふーん。そういうもんか…。」
アインは語りながらも、客引きをする人々へ笑顔で手を振る。
目当てのものではないので物色をすることはなかったが、それでもやはり上機嫌ぶりは見ていて気持ちがよいほどであった。
「あっ!ここよ!絵の具屋!」
エイナの入った先は、絵の具の油や画材の匂いが漂う店。
入り口の側には分かりやすく色彩ごとに絞られた絵の具が飾られている。
「お!エイナちゃんいらっしゃい!」
豊かな体格をした温和そうな人物が青いエプロンを引っ提げて現れる。推定店主と思わしき男は、何やらエイナと親しげであった。
「なんだい。絵の具かい?」
「えぇ!無くなってしまったの!だから、これ、お願いするわ!」
「はいよ。」
エイナから紙を渡された男は体を捻り狭い通路を歩く。
その先々で紙に書かれた絵の具を取り、まとめていった。
「ふんふん。これで終いかな。」
「まぁ!お早いのですね。」
「そりゃあ、この道数十年だからね。あぁ、そうだ。エイナちゃんのお友達に飴ちゃんのオマケ。」
店主から渡された小包、もとい飴を受け取ったヴィルは小さくお辞儀をする。
「どうもすいません。」
「良いんだよ。エイナちゃんのお友達なんて珍しいからね。」
「ちょ、ちょっとおじさん!余計なことは言わなくてと良いのよ!!」
「ははっ。ごめんね。あんまりにも珍しかったから。」
「もう…!」
頬を膨らませるエイナは、不思議とただの少女のようであった。
そこには、常に人を振り回す爛漫さは無く、予想外の出来事に慌てふためくひとりの人間模様が現れていた。
エイナはやや顔を赤くしながら、急ぎ店主にお代を渡す。
それから去ろうとした後ろ姿を、男は引き留める。
「なぁエイナちゃん。」
「?何かしら。」
振り向いた彼女を真っ直ぐ見つめた店主は、静かに聞く。
「今、楽しいかい?」
「………………。」
ヴィルとアインは、この問いの意味することが理解できなかった。しかし、無用な口出しをすることなく、エイナ自身の返答を待つ。
だが一向にエイナは口を開かない。
戸惑いからか、恐れからかは分からない。いずれにせよ、沈黙が店内には広がった。
見かねた店主は、体格に似合わぬほど繊細で細長い指を使って頬を掻く。
「もし、エイナちゃんのしたいことをして楽しいなら、その気持ちを忘れちゃいけないよ。」
「それは……分かってるわ。でも…。」
「何か不安なのかい?」
「……………。」
エイナは俯き、己の裾を握りしめてしまう。
店主は続けた。
「こんなことを言うのは不躾だろうけど…亡くなったお父さんに縛られる必要はないんじゃないかい。」
事情を察することさえ叶わなかったが、エイナがあまりに悲しげに見えたので、ヴィルは話を切り上げることにした。
「すいません。俺達、依頼の途中なんでここらへんで失礼します。」
「あぁ。引き留めてすまないね。それじゃあ気をつけて。」
「はい。……行こうぜエイナ。」
「え、えぇ。」
すっかり沈んだエイナを連れて店を出る。
強引に出ていったヴィルも、そして一部始終を見守っていたアインも、状況を把握することは出来なかった。
それでも、初めて見るエイナの表情に痛ましさを覚えてしまうのだった。




