7.エイナ・トワードと秘密主義者
人形を焼いている間、エイナ達はしばしのティータイム。
工房から離れて生活をする小屋へと戻った。
「茶なら、菓子でも欲しいだろ。簡単なやつだけど、作ったぜ。」
そう言ってヴィル・アリナは前日から仕込み、完成させたクッキーを食卓に出す。
小麦色の菓子をよだれを垂らすように見つめながら、エイナ・トワードは言った。
「あら。弟子一号はお菓子なんて作れるのね。意外だわ。」
失礼な物言いに対し、スカートの裾をたたんで腰掛けていたアインも頷く。
「ですわね。粗雑そうですのに…。」
「失礼だなオマエらは!!」
これほど言われるのならばいっそのこと独り占めしてしまおうかと考えがよぎる。が、ヴィルはさほど甘味を好むわけではないので押し留まった。
「だってお菓子作りするようにはみえないんだもの!仕方ないじゃない。貴方、前職はパティシエ?」
「…………そう見えるか?」
「見えないわね。」
「見えませんわ。」
「息ぴったりだな!?」
声を荒げたおかげで、息があがってしまう。
どうにか冷静さを取り戻すように、肩を大きく震わせた。
「別に。弟が器用だったからよく作ってただけだ。」
「まぁ。弟さんがいらっしゃるんですのね。お名前は?」
「……なんでそんなこと聞くんだよ。」
ほんの刹那。ヴィルの醸し出す雰囲気が、その場の空気を張り詰めさせるほどに冷たくなる。
言葉をただ投げ出すような口ぶり。それはこれ以上、彼に踏み込むことを躊躇させた。
「第一、オマエのアインって名前も本名じゃねぇだろ。」
「!どうしてそう思うんですの?」
「いいとこのご身分でアインって名乗ってる奴の話、聞いたことあんぜ。」
「へー。とんだ偶然ねぇ。あっ!でも私の知り合いにも探せばアインさんはいると思うわ!」
「そ、それは知らねぇけどよ…。」
エイナの間抜けな返答に思わず毒気が抜かれる。
束の間だが、確かに冷たい空気が緩んだ。しかし、それを引き戻すかのようにヴィルはアインへ鋭い眼光を飛ばした。
当の彼女は、申し訳なさそうに眉を寄せて言う。
「しっかりと名乗らなかったのは、確かに無礼でしたわね。………改めまして。私、アイエンアリステュエインと申します。」
「長いわねぇ。どこから名前なの?」
「全てですわ。姓はありませんの。」
「えぇ!?」
アイン、もといアイエンアリステュエインの言葉に、またまたエイナは腑抜けた大声を発する。
反して、ヴィルは少し目を見開いたかと思うとすぐさま補足を始めた。
「西方じゃ、古来から名前だけつける人種もいるみたいだぜ。……そっちの言葉じゃ、アイエンアリステュエインは常に万全を尽くすって意味だろ?」
「えぇ。よく知っていますのね。」
「………別にたまたまだ。」
2人は静かに、されども熾烈に言葉を投げつけ合う。
その間。場の沈んだ空気に気付かないエイナは告げられた事実をただしみじみと噛み締めていた。
「万全を尽くす…。いい名前ねぇ。教訓みたいなものね。」
「はい。私もこの名を気に入っておりますの。……ただ、長いので覚えにくいでしょう?だから、愛称でアインと名乗っていますわ。」
「まぁ確かにアイ……なんとかなんて長すぎるもの。」
既に彼女の頭にはアイエンアリステュエインの名など残っていなかった。一応、掠れているものの、やはりアインという愛称のみが強く印象に残っている。
「ふふっ。ですわね。……ただ、学園祭の展示はアイエンアリステュエインの名でするつもりですわ。挑戦したことは、私の名で刻んでおかなければ意味がありませんもの。」
真っ直ぐな物言いであった。
あまりに純粋な言葉に、ヴィルの苛立ちも静まる。もしかすると、エイナの気の抜けた雰囲気が緩衝材となったのかもしれない。
「そういえば、私からも質問よろしいですか?」
「えぇ!もちろん!」
間髪入れずに返事をした彼女は、先の展望など見据えることすらない様子。
「前々から気になってたのですが……エイナさんは何故、人形屋でなくなんでも屋を営んでおりますの?」
幼子のような簡単な質問。だが、当のエイナは僅かに肩を震わせた。アインやヴィルが気づいたかどうかは分からない。
「………それは…。」
瞳が揺れる。彼女は今、正しい言葉を、自身を正当化するための言い訳を探している。
「それは……何となくよ!そっちのほうが稼げそうだったから!以上!」
やけに明るく振る舞う姿は見ようによって痛々しく思えた。
故に、2人はこれ以上追求することはない。
それは彼女にとって救いでもあり、また断頭台への階段でもあった。
「そろそろ焼き上がるわね!さっ!見に行きましょう!」
「お、おう。」
話し込んでいると、あっという間に人形の完成が近付く。
エイナの話はこれで終い。これ以上踏み入れることなく、兎に角アインの人形を確認しに工房へと向かった。




