19.エイナ・トワードらの言葉
ベネクト院。そこは戦地で傷付いた軍人を癒やす場所である。
そんな場所を統括する院長。背筋の伸びだ老婆。彼女こそ、エイナらが探し求めていた魔法陣作成者だった。
だが、その事実が判明したところで特別なことはない。
何故なら、院長という人間は顔見知りであれど、甘くはないからだ。
少し話しただけのエイナとヴィルは、少ない言葉からそのことをひしひしと感じていた。
感じてはいたが。それが立ち止まる理由にはならない。何としても、彼女が所有するであろう魔法陣を使いたいのだ。
確かな意思とともに、ベネクト院を訪れる。
「……なんだい。また来たのかい。」
入口の掃除をしていたのか、院長の手にはほうきが握られていた。
彼女の目は冷やかであり、エイナらの要求など聞くまでもないといった風体だ。
「ひとつ、お願いをしに来たのよ。」
「…………ほぉ。」
たったニ音が、早く次の言葉を出せと威圧する。
「貴方、モデル『ビスケイト』の魔法陣を作れるのよね。それを、私達に使わせて欲しいの。」
「……………。」
院長はなぜ、と口にすることはない。ただ、ひとことだけ。
「それをして何になるんだい。」
「なに、に…?それは、もちろんあの人を満足させられる。あの人の心の支えになる人形を作ってあげられる。」
「人形が?心の支え?はっ。」
明らかな嘲笑を含んだ吐息が漏れた。
だが、それをエイナは決して許さない。
「何がおかしいのかしら。私の言葉は、何もおかしくないわよ。」
「おかしいさ。アンタはたかが人形に何の力があると思っているんだい。答えは何もない。何もないんだ。人形はただの人形。人を模しただけの木偶の坊さ。」
「……………どうして。」
責め立てるような口調でなく、むしろ純粋な疑問が溢れたような、そんな柔らかい声が場にこだまする。
「どうして、そう思うの。おかしいわ。だって、貴方はモデル『ビスケイト』の魔法陣を作成できるじゃない。ということは、少なからず半生を人形作成にかけてるのよね。なのに、どうして、たかが人形だなんて言うの。いえ。それだけじゃないわ。」
疑問を払拭するため、一歩ずつしかし着実に彼女へ近付く。わずかに、本当にわずかだが院長が後ずさりをしたような気配がした。
「貴方は、傷付いた人を救うために院長をやっているんじゃないの。それなのに、どうして私の方法を突っぱねるのよ。……もしかしたら、あの人の心を支えられるのかもしれない。それならきっと、試す価値はあるじゃない。」
特段、秀でたことを言ったわけではない。訳ではないのにも関わらず、院長はその平凡な言葉に何ひとつ返答ができなかった。
そしてしばらくすると、静かな呟きが聞こえる。
「アタシは医者じゃない。万能じゃない。だから、出来ることなんざ限られてる。出せる結果なんざ、たかが知れてる。だから、」
「だから、思いつく方法を試さないの?それが理由になるのかしら。」
話を遮り、エイナはじっと見つめる。
彼女だって、自身が優れた人間だとは思っていない。人形屋の看板だって、未だ重いものだと実感している。
それでもなおここに立つのは、それでもなお人形屋を続けるのは、彼女の意地でありそうしたいという強い意志と願いのためだ。
「足りないものがあれば補えばいい。今の自分じゃだめなら変わればいい。私は、そう思っているわ。……だって、」
ひと息置く。その時、彼女の視線がヴィルへ向いたのはこの場の誰が気付けただろう。
「だって、ハナから上手くいく、なんて話はないもの。だから、まずはやりたいことをやるわ。」
「………………。」
馬鹿馬鹿しいほど単純で、愚直な帰結は、しかし、歳を重ねて現実に生きる院長にはとてつもなく眩しいものであった。
「ねぇ院長さん。私達に、モデル『ビスケイト』の魔法陣を貸してちょうだい。私は、あれを使って人形を作りたいの。」
率直な願いに対し、院長は小さく口を開いて返答する。
「…………………もし。もし、『ビスケイト』モデルを使って、何も変わらなかったらどうするんだい。」
「どうって…そうね。別のモデルを使うわ。もちろん虱潰しじゃないわよ?ちゃんとモデルの特性を踏まえないと…。」
「はっ。そうかい。」
彼女の答えに、思わずヴィルは冷や汗をかく。
何故なら、エイナの問いは即ち、最悪の場合、モデル『ビスケイト』を使わなくとも良いということなのだ。
そのことを、相手へ直接伝えるのは悪手に相違ない。と、考えたが、それは杞憂であったようだ。
「………ついてきな。」
院長はただひとこと、そう言って背を向ける。
「え?それって、つまり…。」
「2度は言わないよ。来ないなら置いていく。」
「!えぇ!分かったわ!…ありがとう。院長さん!」
エイナの礼を聞いた院長は、ほんの少し歩く速度を早める。
「やったわね!助手1号!」
「まぁ説得したのはオマエだけど。…にしても、あの話で貸してくれるとはな。」
「私の話術は中々ってことね!」
「あんま調子乗んなよ?」
「分かってるわよ!!」
大声を出していると、ふとあるタイミングを見失った。感謝のタイミング。
それはいつしかくれた言葉が巡り巡って状況を動かしたからであるが、しかし、本人に伝える機会を失った今、ただ心の内で留めておくことにした。




