番外1.バードン・トルシィの懺悔
トルシィ商会を率いるバードン・トルシィ。彼の時間はいつだって価値あるものでなくてはいけない。
「うむ。今日も快晴であるな。」
日差しのもと、目を細めながら歩くバードン。向かう先はすでに定まっていた。
「息災であったか。院長殿。」
院長殿、と呼びかけた相手は齢にしては背筋が伸びている老婆だ。彼女は退役軍人のケアをするベネクト院の院長である。
「見ての通り、アタシはピンピンしてるさ。」
「それは良かったである。」
いささか棘のある院長の物言いにも動じず、会話を続ける。
ベネクト院の白い玄関を抜けて案内されたのは応接間。そこでバードンは促されるままに腰掛けた。
「少しお待ち。すぐにあの子を呼んでこよう。」
「む。」
応接間を出ようとする彼女へ気の抜けた驚きの声を発する。
「私はただ、融資をしているベネクト院の様子を…。」
「建前はいらないよ。アンタがあの子を気にするのことを、とやかく言うつもりなんざないからね。」
「そう、であるか…。」
結果として折れたバードンは、ソファに身体を沈ませる。
あの子、と呼ばれた人間。男。彼はバードンの甥であった。姉妹ばかりの環境で育ったがために、バードンは甥をたいそう可愛いがっていた。
そんな彼も成長をし、いつしかバードンと同じように軍人の道へと進む。だが、それは容易い道ではない。
戦場はいざ知らず、死線をくぐったその先に彼を待っていたのは恋人の死だったのだ。
それにより耐えに耐えた心は軋み、バードンの甥の意識は目前の現実から離れてしまった。
その為、退役軍人を癒やすベネクト院へと彼を預けることになったのだ。
バードンは永遠にも近しい待ち時間の間、自身が甥に出来たことが無かったか、意味の無い追想をしていた。今や過ぎたことであり、その全てを変えられることが出来ないと分かっていても。
そうしていると、扉の向こうから声がした。
「さぁ、早く会っておやり。首を長くして待っているさ。」
「あははっ!せんせい!おじさんの首は元々長いよ!」
「ならもっと長くなっちまう。化け物と見間違えて退治される前に、会ってやり。」
「うん!」
扉が軽快な音と共に開く。
そこには、青年が立っていた。青年だ。決して少年ではない。だというのに、幾分かの若さを感じさせるのはその瞳のせいか、それとも落ち着きのない所作のせいか。
何れにせよ、バードンにとってはどうでもよかった。甥がまた、こうして姿を見せてくれたこと。それ以外には何も望まなかった。
「久しいであるな。怪我はしてないであるか?病気は?食事はしっかりとっているであるか?」
「もちろんだよ!この間なんて、食べ過ぎてみんなに驚かれたんだよ!」
「そうかそうか。なに。皆を驚かせるほどの食欲があるのなら安心である。」
テーブルを挟んで座る。
向かいにいる甥は言葉通り、病ひとつない健康そのもの、といった様子だ。
「そういえばね。おじさん。最近、あの子を見かけないんだ。おじさんは見なかった?」
「あの子……あぁ。恋仲の。」
「こ、こいなか…。人から言われると照れるな…。」
「はははっ。青いであるなぁ。」
平静を装いつつも、バードンの額には真珠ほどの汗が浮かぶ。
あの子など、見かけるわけもない。彼のもとに帰るはずもない。
何故なら彼女は、バードンの甥が戦地へ出向いた時に亡くなってしまったのだから。
だが、事実を口にはしなかった。できなかったのだ。そうすれば最後、バードンの甥は壊れてしまう、 そんな予感がしていたから。
「見かけたら教えるであるよ。恋人が首を長くして待っている、と。あぁ。だが既に長いか?」
「お、おじさんほどじゃないよ!というか、さっきの会話聞いてたの!?」
「それはもうばっちり。私の首が化け物だとか、なんとか。」
「そこまでは言ってなかったよ!」
「はははっ。そうだったか。」
笑顔は不自然でないか。会話に不和はないか。怯えと恐怖を背負い、バードンは話を続ける。
いつまでも、こんなことを続けていくわけにはいかない。
分かっている。だが、ならばどうすればいい。
それは分からない。答えの尾すら見いだせないでいた。
「そろそろ帰る頃合いじゃないかい。」
いつの間にか、部屋のそばに立っていた院長が一声発する。
「もうそんな時間なんだね…。じゃあね。おじさん!また来てね!」
「………もちろんである。」
青年は手を振り、部屋をあとにした。
静まり返る中、最初に口を開いたのは壁にもたれかかっている院長だ。
「よく、話せたかい。」
「あぁ。感謝するである。」
「感謝ねぇ。…………あたしは、誰かに感謝されるほどの人間じゃないよ。」
自罰的な表情は、彼女の今までの後悔が積もりに積もって現れたもの。
確かに彼女はベネクト院の院長として、退役した軍人の世話をしている。だが、あくまで世話にとどまっているのだ。
どういうことかと言うと、医者でもない彼女は軍人らを治す行為はしていない、ということ。
ただ、彼らの少しでも多くが明日を迎えるため、延命をしているだけ。根本的な解決などではない。院長はそれを理解していた。
「………………。」
感謝を言われる人間はない。その言葉をバードンは否定したかった。自分こそ、できた人間ではないのだからと。
だが言ったところで互いの傷をなめ合うだけだ。生産性もなく、意味もない。
ただ沈黙が広がる。
人を救うことなど出来ない人間が、足掻くことさえやめた人間が、ひとりでに口を閉じるばかりだった。




