18.エイナ・トワードと魔法陣
モデル『ビスケイト』の作製魔法を使うため、エイナとヴィルは魔法陣を探す。
あて自体はあった。しかし、頼れるという確信はない。
それでもエイナは不確定なあてを頼りに、目指す。何としても、『ビスケイト』モデルの作製魔法を使って人形を作るために。
最初に訪れたのは小さな学校だった。校内の廊下には洋服や人形が飾ってあり、どうやらここでは服飾の作製魔法が学べることを表していた。
「失礼します。」
エイナが迷いなく進んだ先。日当たりの悪い部屋。そこに、ひとりの男がいた。
布や綿が散乱する部屋の中、男は厳つい顔をあげて鋭い視線をエイナ達へと注ぐ。
「あ?……トワードか。どうした。」
「お久しぶりです先生。」
彼女の言葉に、ヴィルは突っ込まざるを得なかった。
「先生!?こいつがか!?このおっかないのが!?」
「失礼ね。正真正銘、私の先生よ。この学校で教師をしてるの。」
「何教えんだよ!?人のバラし方か!?」
「布のバラし方は知ってるが、あいにく人のは知らないぞ。残念だったな。」
「ざ、残念じゃねぇよ!安心したよ!」
喚くヴィルをおいて、エイナは先生へ近寄る。
「それで、先生。今日は相談があって来たんです。」
「なんだ。」
短く纏めた男の髪が揺れる。
体に黒をまとわりつけた男は、やはりヴィルの言う通りただものには見えない。
「モデル『ビスケイト』の魔法陣を貸してもらいたいんです。」
「………………。」
鋭い目付きがさらに鋭利さを増す。
本人が自覚しているのかいないのか、はんば睨みつけているようなほど細くなった瞳は向けられたものを萎縮させる圧を持っていた。
「……………トワード。」
「はい。」
名を呼ばれ、身構える。
この男が、ただ一言名を呼ぶときは決まって生徒を諭すか叱る時だ。恐ろしい見た目とは裏腹に、いつだって冷静であった。
「『ビスケイト』モデルの魔法陣を維持するのにどれほどの労力を要するか、お前が知らないわけではないだろう。」
「…………………はい。もちろんです。」
モデル『ビスケイト』の製作魔法は何と言っても、その難解な魔法陣が特徴的である。1回毎に魔法陣の形成をし直さなければいけなく、調整にはおおよそ3ヶ月を要する。詰めればより短く作れるが、並の労力ではない。
その為、使用者は魔法陣の設計図を作り続けてストックをする。
それほどの苦労をもってしてモデル『ビスケイト』の製作魔法を成されるのだ。
無論、エイナはそれを承知で男へ無理を言っていた。
「私は、どうしてもこのモデルで人形を作りたいんです。これじゃなきゃ、あの人を満足させられない。」
「………………。」
男は目を細めて、あくまで冷静にエイナを見る。
彼女の熱は、もしかするとこの男すら溶かすやもしれない。そう思われた。が。
「お前の意見は分かった。だが、だからといって魔法陣を使わせるわけにはいかない。」
「…………そう、ですか。」
彼女の熱を持ってしても、男は揺らがない。
しかし、エイナとて揺らぐことはない。
男の答えが分かった今、礼を告げて背を向ける。
「お時間頂き、ありがとうございました。私は、これで。」
「これで?どこか行く当てでもあるのか。」
「…………他にも、このモデルの魔法陣を作れる人はいますから。」
「その人間が私と同じく受け入れない可能性は考慮しないのか。」
「しています。したうえで、だからこそ、行くんです。」
「……………そうか。」
ドアノブへ手をかける。行く先があるのだから、今ここでうかうかしてはいられない。そう思っての行動だった。
「少し、変わったな。あいつに、何か出会いでもあったか。」
エイナの後ろについて行くヴィルは声をかけられる。
出会い。恐らくあったのだろう。それは彼との出会いか、あるいは学園祭での出会いか、そのすべてか。
何れにせよ、彼女が決意をし、変化したのは間違いない。
「出会いなら沢山あったと思うぜ。」
「そうか。」
男はしばらく黙ったかと思うと、再び口を開く。
「お前はエイナとどういう関係だ?」
「オレは…オレは、アイツの助手だ。アイツの人形作りを手伝いてぇ。だから、助手になった。」
「ほぉ。なるほど。見る目はあるようだな。」
「オマエ、なんだかんだ言ってエイナに期待してんだな。」
「当たり前だ。元生徒とはいえ、教師である私が期待をしないわけがない。………餞別だ。受け取れ。」
「ど、どうも。」
唐突に差し出された紙を向けとり、中を見る。
折り目がついてはいても、黒字で書かれた内容はしっかりと読める。そこには名前と連絡先が載っていた。
「これは…。」
「モデル『ビスケイト』の魔法陣作成者たちだ。……これをどう生かすかはお前たち次第だ。」
「………ありがとうございます。」
ヴィルは背筋を伸ばして礼をする。
渡された紙をまじまじと見ると、ふと覚えのある名称が視界にうつった。
「……………ベネクト院……院長……。」
先ほど訪れたベネクト院の名が、そこにはあった。
「?どうかしたの?それは?」
エイナが紙を覗き込む。
「オマエの先生にもらったんだ。魔法陣作成者の連絡先だとよ。……それに、さっきの院長が乗ってんだ。」
「!」
何たる偶然か。
だがしかし、だからといってあの老婆が安々と魔法陣を貸すとは思えない。思えないが、何もしないというわけにはいかない。
「それなら話は早いじゃない!院長さんと話に行きましょう!」
「…………あぁ。だな。」
遅れ気味になる気持ちは、前へ前へと進むエイナの前では無意味だ。引っ張られるように、ヴィルもまた院長を目指しに行く。




