16.エイナ・トワードの再起
「よし!完成よ!」
エイナの声が工房中に響き渡る。
彼女の宣言通り、テーブル上には少女の形をした人形が組み立てられていた。
肌や服に至るまで、人形の色彩ははっきりとしており可愛らしさを感じさせた。だがそれも、見ようによっては安物のようにも思えてしまうのではないかとヴィルは一瞬にして考える。
「うんうん!我ながら可愛く作れたわね!」
が。エイナは変わらず笑顔で人形の髪に触れる。その髪は黒く、太い、ざらざらとしたものだった。瞳は青く、ビー玉のようにキラキラとしている。
「……で、これをベネクト院にいる奴に渡しに行くのか。」
「えぇ!善は急げよ!」
「オマエは元気だな……。」
エイナに押される形で、ヴィルもまたベネクト院へと急ぐ。そこではきっと、男が未だ愛する人を待ちわびていることだろう。
その夢を守るため。または、その夢が壊れた時に男を支えるため、2人は人形をプレゼントしに急ぐ。
「ごめんくださーい!」
今度はしっかりと門を叩く。数時間前と同じようく、勝手に侵入するわけにはいかない。
少しすると、扉が開き老婆が年を思わせないほど伸び切った背筋と共に姿を現した。
「ずいぶん早かったじゃないか。」
「えぇ。善は急げ、だもの。」
「ふぅん。そうかい。」
「で、あの人はどこにいるのかしら。早く、これを渡してあげたいわ!」
エイナの持つ人形を一瞥したあと、老婆は冷ややかな視線を投げつけ言う。
「庭にいるよ。……まぁアンタ達が会ったところで変わりやしないだろうがね。」
「それはどうかしら。まずはこの人形を渡してみるわ!」
「勝手におし。」
僅かに目を細めて邪険にする態度。ヴィルは突っ掛かりを覚えながらも、駆け出すエイナへついていく。
その時。ふと、老婆に声をかけられた。
「アンタ。あのお嬢さんの人形、どう思う。」
「え?そりゃあ…可愛いと思うぜ。よく出来てんなぁって。」
「…………あぁ。そうかい。」
溜息なのか返事なのか区別のつかない吐息のような言葉が風に乗って通り抜ける。
老婆は背を向け、ただひと言問う。
「アンタら人形屋なんだってね。」
「おう。『エイナ・トワーの人形屋』だ。……そのまんまの名前だけどよ。今にでっかくなるぜ。」
「はっ。今のアンタらじゃ夢のまた夢だよ。」
ただの軽口ではない。本気で嘲るような顔だった。その態度にヴィルはたじろぐ。注がれた侮蔑を孕んだ視線は、彼の思考が止まるには十分だった。
「いつまでここにいるんだい。アンタもあのお嬢さんと一緒においき。」
「あ、あぁ。」
気圧される形でエイナを追いかける。背には一抹の不安が乗っかっている。
「夢のまた夢…いや。だとしてもあいつなら…。」
エイナへの期待を抱いて彼女の後を追う。
当の本人は、目当ての男と無事に対峙していた。彼女は晴れやかに声を弾ませ、自信作だとばかりに人形を掲げる。
「来たわよ!さっ!見なさい!この人形を!」
言われた通り、男の瞳は人形映す。だが、その色が変わることはない。ただじっと、昆虫や爬虫類のような意思疎通の図れない得体のしれない生き物のような瞳。
「……………。」
男は黙っていた。流石のエイナも変わった様子にまゆをひそめる。
「どうかしたの?」
「いや。ううん。何でもないよ。ありがとう。この人形、貰ってもいいんだよね。」
「え、えぇ。そうよ。そう、何だけれど…。」
「ありがとう。よく出来てるね。じゃあ、ぼくはこれで失礼するね。」
「………………。」
去りゆく男を見つめる。
ヴィルは少し驚いたが、納得もしていた。自分たちは勘違いをしていたのかもしれないと。
たかが人形。そして相手は成人男性。人形ひとつのプレゼントでそう大きなリアクションを期待しろという方が難しい。
しかし。エイナは違った。
手のひらを強く握り、わなわなと震えている。
「……………だわ。」
「?なんて?」
「駄目だわ!!私は!!」
「!?」
突然の大声に肩を震わせる。エイナの様子がおかしい。まさか、あの男の気にあてられて彼女まで変わってしまったのだろうか。
「駄目ってどういうことだよ。別に、駄目なことなんてねぇだろ。人形渡して、あいつも喜んでたし。」
「喜んでた!?違うわ!今のは諦めと妥協、そして落胆よ!」
大股でヴィルへ近寄る。心ななしか顔や耳に至るまで赤がさしている。
「あの人、ひと言も言わなかったわ!可愛いって!似てるって!大切にするって!駄目よ!あれじゃああの人形は、あの人の支えになんてならないわ!」
そこまで言わせるのは、彼女の人形屋としてのプライドかもしれない。
エイナは悔しさいっぱいに続ける。
「私、ちゃんとあの人に向き合えてなかったんだわ。ただ、女の子の人形を作ればいいって、そう思ってた。あの人自身をみていなかったから、待ち人がいる依頼人としか見ていなかったから、がっかりさせてしまったんだわ!」
その勢いに押され、瞬きをする。
彼女が自身へ向ける怒りを見て、ヴィルは確かに頬が緩んだ。本人が自覚しているかは定かではないが。
「じゃあ、どうするんだよ。人形屋。」
「決まってるわ。もう一度人形を作るのよ。今度こそ、あの人の支えになるものを。あの人をがっかりさせないものを!」
「そうか。じゃあオレも誠心誠意手伝うぜ。助手として。」
「えぇ!やるわよ!」
再起をして、2人は決意する。
人形屋として、その名を背負うものとして、あの男を必ず満足させることを。




