14.エイナ・トワードは決意する
白い箱の中でエイナ達の時間は流れる。
それは緩やかで何ひとつ問題のないもの。ではなかった。突如として、ガラスが割れるような甲高い音が鳴ったのだ。
「!何かあったのかしら…!」
エイナが顔を上げるのと同時に、院長が立ち上がった。
「すまないね。少し席を外すよ。」
「私も行くわ!心配だもの!」
「………………構わないが余計なことはしないでおくれ。」
「えぇ!分かったわ!」
忠告を受け入れ、頷く。
そうして院長と共に白い部屋を後にしようとしたが、隣に座っていたヴィルの顔色は良くない。
座り込んだまま、目を伏せている。
「助手一号?どうかしたの?」
「いや。何でもねぇ。」
「そう。それじゃあ早く行きましょ。」
「………あぁ。」
3人は音のした場所を目指す。
部屋を出て、ベネクト院の入り口へと差し掛かる手前。そこに、騒音の元凶がいた。
誰であろう、エイナが追いかけていた男である。
だが、彼は決して一心不乱に暴れているわけではない。
ただ静かに、淡々と、ベネクト院に張り巡らされたステンドグラスを割っていく。血に濡れる手には構わず、淡々と。
「どうかしたのかい。」
院長は眉一つ動かさずに、優しく問う。
「あの子が帰ってこないんだ。帰ってくるって言ったのに。だから、帰って来やすいようにしてるんだ。」
「なるほどねぇ。それはいい。」
「良いの?」
エイナは思わず聞いてしまった。
老婆が何故、男の行動を咎めないのか不思議で仕方ないのだ。彼の言うあの子とやら。存在するのかどうかも定かでないあの子を待つために、ステンドグラスを粉々にしているのははっきり言って異常だ。
「あぁ。かまわないさ。ほら、アンタたちとおやりよ。」
「院長さんが良いなら私もガラス割わりに参加するわ!」
エイナは袖をまくって、男と一緒に並ぶ。
「ねぇ。貴方が待つあの子って、どんな子なの?」
男は初め、声をかけられたことに驚くが、それから何度か瞬きをしてぱっと顔を明るくする。
「あの子は、ぼくの大切な人!ずっと一緒にいるんだ!少し離れていたけど、でもまたすぐに一緒になった!」
「へぇ。仲良しってわけね。………それはもしかして彼女さん?それとも飛び越えてお嫁さん?」
「それは……言えないよ。恥ずかしいから。」
頬を染めて照れる様は異様に幼い。
少年が揶揄われているような光景だ。
「まぁ何にせよ早く帰ってくるといいわね!」
「うん!」
2人が話しながらもステンドグラスを割っていく。
その有り様を眺めながら、ヴィルは院長へとひっそり質問をしていた。
「なぁ。あいつの待ってる人間は、本当に帰ってくるのか。」
「どういう意味だい。」
「……………生きてんのかって、意味だよ。」
ヴィルの頭にはひとつの仮説がたっていた。
ここは退役軍人のケアをする場所。そして、そんな場所にいる人間が正常でいるはずがない。
心や身体、共に傷を負っているはずだ。
つまり。目前の男はマトモな状態でなく。そんな彼が待つ人間などもとより存在しないか、すでに去っているかのどちらかになるだろう。
ヴィルの問いに、院長は答える。双眸で、男を捉えたまま。
「生きてるさ。あの子の中ではね。」
「……………そうかよ。」
嫌な考えは的中していた。やはり、あの男の精神はどうかしているのだ。
「婚約者だそうだよ。ただ、あの子が徴兵されてる間、病死した。……やっとこさ戦いから帰ったと思えば、待っている人間は居なかったんだ。……そんなの、耐えられやしないさ。」
ヴィルの周囲にも同様の人間はいた。
帰れなかった者、帰る場所が無かった者。何れにしても、戦地へ赴くより前の人格では無くなった。
「でもそろそろ限界かね。薄々、あの子自身も気づき始めた。待ち人は訪れないとね。それを認めたら、支えがなくなったら、どうなるかは分かるだろう?」
「……………あぁ。」
頷きは強く、ある種、彼の体験を感じさせるものである。
今は、良い。いつか来るであろう待ち人を夢想し、耽っているだけなのだから。だがそれも永遠ではない。
夢想という支えが消えた時、あの男は寄る辺なくしてその命を終わらせるだろう。
「なら支えを作るわ。」
「!オマエ…。」
いつの間にか、男と話し終えたエイナが近くにいた。彼女に気が付かないほど、話に夢中だったようだ。
「あの人、凄く楽しそうに話してたわ。大切な人だって。子供みたいに。」
エイナはなお、ステンドグラスを割り続ける男を見る。
「私はいや。あの人みたいな人間が、自分から命を落とすなんて。あんまりじゃない。」
「じゃあ、何をするんだい。アンタに、何ができるんだい。」
責め立てるような気配はなく、ただの確認。
院長は聞いている。エイナに何ができるのだと。ただの小娘に、傷を負った人間が癒やせるのかと。
すると、エイナは顔をあげて答えた。
「人形を作るわ。」
「……………は?」
その声が院長か、ヴィルかは定かではない。あるいはどちらも。いずれにせよ、エイナの言葉が驚きを生み出したのは確かである。
「私はエイナ・トワードよ。人形屋を営んでいるんだもの。私の作った人形を、役立ててみせるわ。」
エイナ・トワードはそう宣言するのだった。




