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エイナ・トワードの人形屋  作者: とんぼ。
第三章 彼女らの価値

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14/20

14.エイナ・トワードは決意する

 白い箱の中でエイナ達の時間は流れる。


 それは緩(ゆる)やかで何ひとつ問題のないもの。ではなかった。突如として、ガラスが割れるような甲高い音が鳴ったのだ。


 「!何かあったのかしら…!」


 エイナが顔を上げるのと同時に、院長が立ち上がった。


 「すまないね。少し席を外すよ。」

 「私も行くわ!心配だもの!」

 「………………構わないが余計なことはしないでおくれ。」

 「えぇ!分かったわ!」


 忠告を受け入れ、頷く。


 そうして院長と共に白い部屋を後にしようとしたが、隣に座っていたヴィルの顔色は良くない。

 

 座り込んだまま、目を伏せている。


 「助手一号?どうかしたの?」

 「いや。何でもねぇ。」

 「そう。それじゃあ早く行きましょ。」

 「………あぁ。」


 3人は音のした場所を目指す。


 部屋を出て、ベネクト院の入り口へと差し掛かる手前。そこに、騒音の元凶がいた。

 誰であろう、エイナが追いかけていた男である。


 だが、彼は決して一心不乱に暴れているわけではない。


 ただ静かに、淡々と、ベネクト院に張り巡らされたステンドグラスを割っていく。血に濡れる手には構わず、淡々と。


 「どうかしたのかい。」


 院長は眉一つ動かさずに、優しく問う。


 「あの子が帰ってこないんだ。帰ってくるって言ったのに。だから、帰って来やすいようにしてるんだ。」

 「なるほどねぇ。それはいい。」

 「良いの?」


 エイナは思わず聞いてしまった。


 老婆が何故、男の行動を咎めないのか不思議で仕方ないのだ。彼の言うあの子とやら。存在するのかどうかも定かでないあの子を待つために、ステンドグラスを粉々にしているのははっきり言って異常だ。


 「あぁ。かまわないさ。ほら、アンタたちとおやりよ。」

 「院長さんが良いなら私もガラス割わりに参加するわ!」


 エイナは袖をまくって、男と一緒に並ぶ。


 「ねぇ。貴方が待つあの子って、どんな子なの?」

 

 男は初め、声をかけられたことに驚くが、それから何度か瞬きをしてぱっと顔を明るくする。


 「あの子は、ぼくの大切な人!ずっと一緒にいるんだ!少し離れていたけど、でもまたすぐに一緒になった!」

 「へぇ。仲良しってわけね。………それはもしかして彼女さん?それとも飛び越えてお嫁さん?」

 「それは……言えないよ。恥ずかしいから。」


 頬を染めて照れる様は異様に幼い。


 少年が揶揄われているような光景だ。


 「まぁ何にせよ早く帰ってくるといいわね!」

 「うん!」


 2人が話しながらもステンドグラスを割っていく。


 その有り様を眺めながら、ヴィルは院長へとひっそり質問をしていた。


 「なぁ。あいつの待ってる人間は、本当に帰ってくるのか。」

 「どういう意味だい。」

 「……………生きてんのかって、意味だよ。」


 ヴィルの頭にはひとつの仮説がたっていた。


 ここは退役軍人のケアをする場所。そして、そんな場所にいる人間が正常でいるはずがない。

 心や身体、共に傷を負っているはずだ。


 つまり。目前の男はマトモな状態でなく。そんな彼が待つ人間などもとより存在しないか、すでに去っているかのどちらかになるだろう。


 ヴィルの問いに、院長は答える。双眸で、男を捉えたまま。


 「生きてるさ。あの子の中ではね。」

 「……………そうかよ。」


 嫌な考えは的中していた。やはり、あの男の精神はどうかしているのだ。


 「婚約者だそうだよ。ただ、あの子が徴兵されてる間、病死した。……やっとこさ戦いから帰ったと思えば、待っている人間は居なかったんだ。……そんなの、耐えられやしないさ。」


 ヴィルの周囲にも同様の人間はいた。


 帰れなかった者、帰る場所が無かった者。何れにしても、戦地へ赴くより前の人格では無くなった。


 「でもそろそろ限界かね。薄々、あの子自身も気づき始めた。待ち人は訪れないとね。それを認めたら、支えがなくなったら、どうなるかは分かるだろう?」

 「……………あぁ。」


 頷きは強く、ある種、彼の体験を感じさせるものである。


 今は、良い。いつか来るであろう待ち人を夢想し、耽っているだけなのだから。だがそれも永遠ではない。

 夢想という支えが消えた時、あの男は寄る辺なくしてその命を終わらせるだろう。


 「なら支えを作るわ。」

 「!オマエ…。」


 いつの間にか、男と話し終えたエイナが近くにいた。彼女に気が付かないほど、話に夢中だったようだ。


 「あの人、凄く楽しそうに話してたわ。大切な人だって。子供みたいに。」


 エイナはなお、ステンドグラスを割り続ける男を見る。


 「私はいや。あの人みたいな人間が、自分から命を落とすなんて。あんまりじゃない。」

 「じゃあ、何をするんだい。アンタに、何ができるんだい。」


 責め立てるような気配はなく、ただの確認。


 院長は聞いている。エイナに何ができるのだと。ただの小娘に、傷を負った人間が癒やせるのかと。


 すると、エイナは顔をあげて答えた。


 「人形を作るわ。」

 「……………は?」


 その声が院長か、ヴィルかは定かではない。あるいはどちらも。いずれにせよ、エイナの言葉が驚きを生み出したのは確かである。


 「私はエイナ・トワードよ。人形屋を営んでいるんだもの。私の作った人形を、役立ててみせるわ。」


 エイナ・トワードはそう宣言するのだった。

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