13.エイナ・トワードとベネクト院
白い服を着た不気味な男を探るべく、エイナ達は後を追う。
木々をかき分け向かった先は、ひとつの建物であった。
「………?ここは……。」
エイナと共に男を追いかけていたヴィルはふと言葉を漏らして足を止める。
彼が目にしたのは巨大な建物。教会を思わせるソレは、柔らかな赤褐色の屋根を載せてたたずんでいた。
「教会…かしら。」
クリーム色の壁面を撫でながら、エイナは首を傾げる。彼女にはてんで縁のない建築物である。
「助手一号。貴方、ここのこと知っているの?」
「いや。でも、どっかで見たような気がすんだ…。」
「へぇ。」
何の気なしに、扉を開ける。
「!お、おい!勝手に開けるなよ…!」
「だ、だって、押したら開いたんだもの。」
「扉のせいにすんなよ…。」
愚痴をこぼしながらも足を踏み入れた。
その先。真っ先に視界へ入ったのは壁や天井一面の絵画である。
目を引くのは緑色の雲。神々しささえ感じさせ、曲線を描く雲は建物の内に広がっていた。
雲に混じって露出をしている人間もまたちらほらと見られる。しかし、彼らの顔はいずれも救いを求めるような険しいものだ。
2人はぼうっと見つめ続ける。
すると、先ほどまで探していた不気味な男の姿を発見する。
「!ねぇ、あの人…!」
エイナがヴィルの袖を引っ張った。
それと同時に男は突然、頭を振り回して弱々しい声を出す。
「どこ!どこに行ったの!!ぼくの、ぼくの、大切な!ぼくの!!」
今にも泣き出しそうな切実な訴えに、エイナは思わず近付き話しかける。
「どうかしたの?何か探し物?」
「ぼくの大切なひと!ぼくの、大好きなひと!毎朝一緒に散歩して、毎晩一緒に眠った!ぼくの、大切なひと!!」
「ひ、ひとを探してるのね…。」
噛み合っているような、いないような。イマイチ波長の合わない男。だが、尋常じゃない様子の彼をこのままにしておくのは憚られた。
なので、エイナは引き続き男の探す大切な人とやらについて質問をしようとする。
が、その前に間へと割ってはいる人物がいた。
腰の曲がった老婆は清潔感のある白い服を着て、男へとゆっくり告げる。
「彼女なら街へ出かけたようだよ。だから、貴方は部屋で待ちなさい。」
「なんだ!そうだったんだ!ありがとう院長!」
「あぁ。気をつけておいき。」
院長、と呼ばれた老婆へ手を振り、場から去る男。
彼は成人しているはずの見てくれとは反対に、所作のひとつひとつが少年のようであった。
そんな男の後ろ姿を、ヴィルは目を見開きじっと見る。力強い眼差しはあどけなく走り去る男へ穴を開けてしまうほどだ。
「それで……アンタたちは?」
「!ごめんなさい!私達、さっきの彼が気になって追いかけていたんです…。」
「ほぅ。」
老婆の目が光る。
品定めするような鋭い目付き。だが、それもすぐに温和な笑みへと変わってしまう。
「せっかく来たんだ。お茶でもどうだい。」
「いいんですか。」
「あぁ。ちょうど話し相手が欲しかったところさ。」
そう言うと老婆は2人に背を向けて歩き始める。
エイナ達が迎え入れられたのは無機質な白い部屋。部屋というより箱に近しく、壁から椅子、机に至るまで真っ白であった。
箱より外はむしろ温かさと厳かさが融和した誰であろうと受け入れるような場であったからこそ、箱のみの異質さが際立つ。
「…………。」
ヴィルは咄嗟に足を踏み入れるのを躊躇った。
だが、エイナは違う。彼女は迷いなくただひと言告げて入っていった。
「さぁ。お掛けなさい。…お茶菓子もある。」
「!ありがたくいただくわ!」
「…………………。」
硬い椅子に腰掛け、テーブルに出された菓子へ手を伸ばす。警戒心など毛ほどもないようだ。
いつ出されたか分からないチョコをつまんで世間話をするかのように切り出す。
「そういえば…ここは何の施設なの?お菓子屋…とかには見えないけれど。」
「あぁそうだね。ここはお菓子屋ではないさ。……ただ同じようなものだよ。」
「?それじゃあケーキ屋さん?」
「はっはっはっ!残念だがそれも違う。………坊やは、分かるかい。」
ふと、老婆がヴィルの方へと向く。
彼は背筋へ蛇が伝う心地になった。
それほどまでに、老婆の瞳は冷たく、此方を見透かすのだと錯覚させられたのだ。
咄嗟に拳へ力を入れて、自身の知識を組み合わせる。
「………………病院……か?」
「ふ。惜しいね。いや……あたりといえばあたりか。」
老婆は皺の寄った口元を歪ませた。
「ここはベネクト院。退役軍人のケアをする場所さ。アタシはここの院長だ。」
「…………あぁ。なるほど。」
「?助手一号。何がなるほど、なのよ。」
「いや。何でもねぇ。」
「えー。気になるじゃない!」
エイナはひとりで騒ぎ立てるが、ヴィルはそれ以上答えなかった。
仕方なく、目前の老婆に標的を定める。
「それにしても院長さん。どうしてここがお菓子屋と同じようなものなの?もしかして、皆でお菓子でも作っているの?」
「いいや。違うよ。……本質的には一緒なのさ。」
「ほんしつ?」
「あぁ。ここも、お菓子屋も、夢を与える。そんな場所だ。」
呑気なエイナとは裏腹に、ヴィルは苦い顔をしていた。それは他ならぬ、彼らが追っていた人物が原因だ。
あの男もまた軍人だったというのならば、彼がどうしてあそこまで幼稚になってしまったのか。
そんなことを考えるだけで、かつての戦場での泥や血肉の匂いがヴィルの粘膜へと蘇っていくのだった。




