12.バードン・トルシィの壁
通された応接間にてエイナとヴィルはソファに体を沈ませていた。わざと姿勢を崩しているわけではない。
それもこれも、2人の下にあるソファが原因だ。
座ればたちまち尻が下へ下へと降りいくのである。
だが、それにも構わず向かいに座ったバードンは早速と口を開く。
「それで、話とは何であるか。」
「え、えぇ。話ね。」
エイナは沈みいく体へ力を込めて踏ん張る。ヴィルもまた同様にしながら言う。
「話ってよりは相談なんだが…単刀直入に言う。トルシィ商会に融資をして欲しいんだ。」
「ほぅ。」
バードンの目が光る。瞬間、父のような大らかさが鳴りを潜めて、取引相手を観察するような見定めを行う冷酷さが漏れ出す。
「俺達、人形屋やっててよ。その名もエイナ・トワードの人形屋。」
「そのままであるな。」
「だよな。」
「悪かったわねぇ!!」
意気投合する2人にエイナは思わず怒鳴りつける。
指摘が真っ当であるが故に、大声を出す他なかった。
「で、話を戻すけどよ。今日来たのはトルシィ商会に融資して欲しいって頼むためなんだ。」
「……………ふむ。」
バードンは目蓋を落として腕を組む。なにやら至高を巡らせた後、彼は片方の目のみを開けた。
ひとつといえど、力強く開かれ注ぐ視線にエイナ達は背筋を伸ばす。
「それで。貴方達は今後、人形屋としてどのように展開していくのであるか。」
「ど、どのように…?」
「そうである。人形屋といっても貴方達は誰に向けて、どんな物を作るのであるか。それが明確でなければ私が融資を行うことはないである。」
「「………………。」」
2人は黙りこくってしまった。
考えが浅はかだったのだ。
金のやりとりだというのに、不明瞭な事があるままでは取引など出来るはずもない。
「おふたりには依頼を受けてもらったであるが…それとこれとは別である。融資を求めるならば、貴方達の活動を明確にするである。でなければ、一銭たりとも出さないである。」
「…………あぁ。分かった。」
ヴィルは握り拳を固めて、バードンへ顔を向ける。
「バードンさん。時間、作ってくれてありがとな。……今度来たときは必ず満足してもらう時間にする。」
「楽しみにしてるである。」
立ち上がり、応接間を去るヴィルのあと。エイナも遅れながら、小走りになる。
トルシィ商会を出てしばらく。
エイナはヴィルの後ろを歩いていた。
「ごめんなさい。話をつけるの、貴方に任せっきりだったわね。」
彼女は僅かに唇を噛む。
己の至らなさを理解しているつもりではあったが、それすらもままならなかった。
理解していたつもりの不足さえも、測りかねていたのだ。
だが、以前のように弱さをひた隠しにするつもりはない。
「次はもっとやってみせるわ。店主として、もっと、もっと。」
「おう。頼りにするぜ。」
「えぇ。……それで、人形屋をどう展開するのか…よね。」
エイナは先の失態を挽回すべく、考えを巡らせる。
しかし、そう都合よくアイディアが浮かぶわけでもない。
「……………………。」
「……………………。」
2人はひとことも発することなく、ただただ足を動かす。脳裏には一体どうやって融資を受けるかということばかり。
その為か。ふと、前を行くヴィルが足を止める。
「………………どこだ。ここ。」
「え。」
彼の言葉に驚き、エイナは周囲を見やる。
「ど、どこよ、ここ!?」
「分からねぇ…。知らねぇ場所だっては分かるが…。」
「何も分かってないのと一緒よ!!」
息を上げながら叫ぶエイナの周囲には数々の花をつけた木が立ち並ぶ。色は桃から赤、白まで。大きさは小ぶりのものから大ぶりのものまで。多くの木がそこにはあった。
「メールにドードにマノア…。色んな木があんなぁ。」
「そうねぇ。って眺めてる場合じゃないわ!私達、考えなきゃいけないことがあるのに、知らない場所で迷ってるのよ!」
「まぁそんなカッカすんな。とりあえず花でも見て落ち着こうぜ。」
ヴィルはそう言って、付近の木に顔を寄せる。
花と蕾がついた木からは香りが漂う。少し鼻をしぼめるだけで、香りは体内へと侵入していった。
そんな彼の様子を見たエイナも、渋々ながら花を眺める。
その時。木々の間から、ぬるりと人の顔が現れた。
「!?」
驚き、尻もちをつく。
「ど、どうした!?」
「人が…いたのよ…!」
「そりゃあ人ぐらいいんじゃねぇか…?」
「違うのよ!なんというか…こう…精気が無くて…魂が抜けてるみたいな…。」
「失礼な奴だな!」
エイナは一瞬にして姿を消した人間の顔を思い起こす。頬は痩せこけ、小さく開いた口。唇は発色が悪く、不気味な男であった。
果たして件の人間は何処へ消えたのか。周囲を見渡すと、少し遠くに白い背が見えた。
「おい。もしかしてあの人じゃねぇか。」
ひっそりと呟くヴィルへ、エイナは頷く。
「後ろ姿だから分からないけれど…。よし。追ってみましょう。」
「お、おう。」
こんなことをしている場合かと出かけた言葉を飲み込む。
どちらにせよ、何もしないことには何も浮かんでこないのだから、気分転換の一環として例の人物を追ってみることにするのだった。




