85 クジラ
翌日、違うダンジョンの視察に行く。
待ち合わせ時間に部屋を出てロビーに行くと俺と飛川さんと秘書の子だけだった。
「他の人は?」
「え、ええ、観光に…」
「ひでえもんだな。この事マスコミとかに話していいか?」
「勘弁してください」
まったく、遊び放題じゃないか。
どうせ観光も視察のうちだって言うんだろうけどね。
「外に車と通訳兼ガイドを待たせてます」
今日は車で少し離れたダンジョンに行くらしい。
電車がないらしく移動は車か飛行機だ。
「今から向かうダンジョンは人気が無いらしいです」
「人気の無いダンジョン見て何かアイディア出るのかな」
まあいいや。連れてってくれ。
自動車で1時間、滅茶苦茶寂しい場所で降ろされた。
「うわあ、人っ子一人いない」
「ココは100層ダンジョン。この辺は120人ほどしか住んでない」
ガイドさんがそう教えてくれる。ダンジョンに受付すらない。
これって大丈夫なの?間違って入る人とかいないの?
「夕方になると近所の若い子が何人か潜るです」
「それ以外潜ってる人はいないの?」
「そうなる」
それは勿体ない。外国人に入って貰えばいいのに。
「この辺、ホテルも無い」
「そうだよね。じゃあ無理か」
「良かったら、潜ってみないか?」
「え?俺らに言ってるの?」
「ガイドさん、私達は日本人で視察に来ているだけで」
「どうせ人気の無いダンジョン、上からは許可貰ってる」
ゆ、緩いな、そんな感じなの?
でも飛行機乗るから武器も防具も日本において来たよ。
「トランクに凡庸装備ならある。お前高レベル、これで十分」
「お、おう」
「わ、私達の分もあります?一人で行かせる訳には…」
3人分準備してあった。サイズもぴったり。
なんかおかしいな。
「ドロップ私が換金する」
ひそ「なあ、ひょっとして安く買いたたく気じゃ…」
「政府の人間相手にそんな事しますかね」
でも用意周到すぎないか?
自分の利益の為に最初からそのつもりだったのではないだろうか。
「ダンジョンからモンスター溢れるのが心配」
「ああ、その説を信じてるのか」
無限にモンスターが湧き出るダンジョン。狩らずに放っておくとモンスターが溢れると言う説がある。
でも今のところそんな事が起こった例は無い。
まあちょうど日本から強いのが来たしついでに一度掃除してくれって事だろうか。
視察させてやっから人気の無いダンジョンをちょっと見てきてくれって事なのだろう。
外国のダンジョン潜る機会なんてそうそうないし、じゃあ手伝おうかな。
さて、潜るとなると今までは関わらないようにしてきたけど…
「秘書ちゃんはレベルいくつだ?」
「え?あ、94です。スカウトです」
「そうか、まあ飛川さんもレベル高いしダンジョンボスまで行けるかな」
「頑張れ。私車で寝…待ってる」
やれやれ、思いがけずダンジョンに潜る事になってしまった。
でも悪い気分じゃない。海外のダンジョンに少しワクワクしてる。
日本のダンジョンと大差ないはずだけど、気分が違うよね。
じゃあ潜りますか。
「秘書ちゃんは49まで自由に戦っていいよ。小ボス以降は装備も弱いし被弾しないようにして」
「は、はい」
「飛川さんは秘書ちゃん守ってね」
「了解です」
よし行くぜ。100層だけどちょっと緊張する。
入り口に入るとすぐにバク子が話しかけてきた。
『精霊がいますよ』
「な、なに!!」
「きゃ!」
「ど、どうしたんですか?」
どうやら俺にしか聞こえないように話したみたい。
俺が政府の人間に精霊持ちだと話してないからバク子が気を使ったのだろう。
まあバレてるとは思うんだけどね。
「飛川さん、海外のダンジョンで精霊見つけた場合は契約しても良いのかなぁ」
「はい?」
意味解らんよね。俺もどう切り出していいもんか解らなくてね。
だって、海外のダンジョンだし現地の人を差し置いて日本人が契約して良いのかな。
まだ出現方法も契約してもらえるかも解らんけどさ。
バク子の能力でどこにいるかまでは解るのだ。
ただそこからが大変、出現方法は色々試すしかない。
中にはこんなもん誰が気づくんだ?って条件もあったりするからたちが悪い。
いや、よく考えたら契約はやめておいた方がいいか。
年寄りの俺が契約するより若い子が契約した方が良いだろう。
久々の感覚にテンションが舞い上がってしまった。反省反省。
「何でもないんだ。忘れてくれ」
「はあ」
気持ちを切り替えさあ行こうぜ。
おや、ゴブリン発見。やっぱり海外でもお前はザコなのか。
切り裂きながら進んでいく。やっぱり日本のダンジョンと変わらんな。
適当に潜って面目を保たせるか。
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30階層
「なんだここ?」
「ボス部屋みたいな作りですね」
広い部屋。まだ30階層なのに小ボスでも出るのか?
海外のダンジョンは作りが違うのだろうか。
『精霊はここにいます』
そうなの?他に敵もいない。
遠くに見えるのは下に降りる階段かな。
フロア全体が一つの部屋で天井も高い。
「あ、あの、ちょっとご相談が」
「どうしたの?飛川さん」
「えっと、急に潜る事になったもんで…」
なになに?言いにくそうだな。
ここは察しろって事かな。
「ああ、ひょっとして…」
トイレか。そうだよな、俺もいつもなら簡易トイレ持ってくるんだけど、いきなりだから準備が無い。
困ったな、いったん外に出るか?
「ここ、外にトイレありました?」
「無かったわよね。琥珀ちゃん」
「受付すらないもんな」
仕方ない。ダンジョンの中ですれば?
日本ではマナー的にどうなのかって言われるけど、海外では結構普通だと聞いたことがある。
どうせ次の日には奇麗になってるからね。
日本人が行儀良すぎるだけなんだと思う。
「そ、そうですね、じゃあ向こうの壁際でしてくるので向こうむいてて貰えますか?」
「ああ、行ってらっしゃい」
「…私も今のうちにしておこうかな」
一気にトイレタイムになった…じゃあ俺もしておこうかな。
二人から遠い場所で壁の方を向いて…じょ~。
ウオオオオオオオオオオオオオオン
な、なんだ?何かの鳴き声が聞こえたような。
牛?いや、聞いたことの無い鳴き声だ。
おしっこの途中だが首だけ振り向いて声のした方を…
「きゃあああああああ!!!」
「やああああああ!!」
な、なんだこれ!!
で、でっかい……え?クジラか?
白いクジラが浮かんでる、は、発光している!精霊だ!
びっくりしておしっこ止まった。もういいや、しまおう。
『私を呼び出したのはお前達かえ?』
「え?ああ、いや、そんなつもりはなかったんだけど」
条件達成してしまったのか?
でも何が条件だったのか解ってない。
『3人で潮を吹くのが条件だぞえ』
「え?二人ともそんな事してたの?」
「ち、違いますよ!普通におしっこしてました!」
「セクハラです!訴えますよ!」
なんか、精霊が勘違いしたのかな。
いや、でも条件がそれってどうなの?
俺の中での潮を吹くとは意味が違うのかもしれない。
「こ、これ、精霊なんですか?!」
「わ、私初めて見ました」
そうだろうね、普通はなかなか会えるもんじゃない。
つかでっかいなぁ。こんな大きな精霊は俺も初めてだ。
尻尾の方は壁に埋まって見えないけど50メートルくらいあるんじゃないか?
「わ、私、契約したい」
「え?琥珀ちゃん、貴方はもう冒険者を辞めたでしょ?」
「で、でも先生、こんな機会なかなか…」
気持ちは解るが、精霊が気に入るかどうか。
秘書ちゃんをじっとりと見つめるクジラ型の精霊。
あ、そっぽ向いた。
『自分を大事にしない者は好きではないぞえ』
琥珀ちゃんは駄目だったようだ。
ショック受けてるな。あの子は大丈夫だろうか。
「飛川さんは契約したくないの?」
「え?わ、私は議員ですし、おじさんはどうなんですか?」
「俺は年寄りだからな。契約しても別れが早い。精霊に寂しい思いをさせるだけだ」
『…ふむ、お主の事は気に入った。契約してやっても良いが、望まぬのか?』
俺の事は気に入ってくれたのか。
でも今言ったとおりだ。俺なんかと契約しても、すぐに別れがくるぞ。
『ひと時でも幸せな時間をくれるならここに居るよりはマシだ』
「でもなぁ、若い子と長い時を過ごし、たくさんの思い出を作った方が良くないか?」
『お主は自分を過小評価しておるな。お主のまわりの者達を見ればわかる。お主といるだけで幸せそうだぞえ』
俺のまわりの精霊達の事を言ってるのだろう。
精霊達は幸せに思ってくれてるのか。それを知れただけで俺は嬉しい。
『主、契約しろよ。こんな人も来ない場所においていく気か?』
「文太、アイスランドの人達の為に残しておかなくていいのかな」
『奴は主の事を気にいったのじゃぞ。気持ちを無視するな』
「レオン」
『主、長生きすればいいんですよ。私達をもっと幸せにしてください』
「バク子……」
わ、解ったよ。契約するよ。
名前考えなきゃな。クジラ、ホエール、ミンク、マッコウ…いや、こいつはシロナガスっぽいしどうしよう。
なんでだか知らないけど精霊達は変な名前ばっかり気に入るんだよな。
かっこいい名前は大体却下される。
「ホゲーってのはどうだ?」
『気に入った。主はセンスが良いな』
う、うそだろ?も、もうちょっとちゃんとしたのにしない?
あ、契約の儀式に入ってしまった。
眩しい光が落ちてくる、大きくなり、全てを包み込む光。
その光が自分の中に吸い込まれていく。
『契約は成立したぞえ』
「ああ、で、どんな加護なの?」
地面からキリモミ状態で飛び出し、勢いをつけ全体重で敵を圧殺するらしい。
精霊は実体が無いのだが、ホゲーは一時的にだけ実体化出来るそうだ。
強いのかな?よく解らん。
『私の加護は主の強さに依存するぞえ。主が強くなるほど加護も強力になるぞえ』
「ふむ、試してみた方が速そうだな」
『ただし加護は一日3回まで、使いどころは考えて欲しいぞえ』
そうなのか。あまり多用はするなと。
実体化するのが大変そうだもんな。
『あと、私の加護は敵によってはまったく効かない場合もあるから注意するぞえ』
ゴースト系等、実体のぼやけた敵には効かないらしい。
不死王や鵺には効かなそうだな。解った、気をつけるよ。
『ではよろしくたのむぞえ』
「ああ、これからよろしくな」
精霊が消えた。実際は近くにいるんだけどね。
精霊はいつも見守ってくれている。
「お、おめでとうございます」
「ああごめん、放置しちゃってたな。秘書ちゃんは大丈夫か?契約は残念だったけど…」
「い、いえ、感動しました。光に包まれて、神々しくて…」
契約出来なかった事でメンタルやられるかと思ったけど大丈夫だったようだ。
やっぱ俺の考え過ぎだったのかな。
「自分を大事にしないって、バレちゃってたんですね」
「精霊が言った事か?」
「はい、見てください」
秘書ちゃんが服の袖を上げる。
………たくさんの傷跡がそこにあった。
「琥珀ちゃん…」
「すみません黙ってて。最近は切って無いんですけど十代の頃は…」
想像も出来ないけど色々あったんだろうな。
肯定も出来ないけど否定も出来ない。
「現実から逃げてたんですよね。冒険者になったのも最初は死にたかったからで」
「そうだったの?そんな理由で冒険者になるなんて…」
「死にたいのに死ねなくて、でもその間にお金を稼ぐことが出来て、そしたらお金は色々な事を解決してくれました」
お金で大抵の事は解決出来るもんな。皮肉なもんだよ。
冒険者と言う職業のお陰で秘書ちゃんは人生を変えることが出来たんだな。
「今は政治家を目指してるんだろ?そのまま冒険者を続けようとは思わなかったのか?」
「死にたくなくなったからきっぱりやめました。投げやりだったのにある時急に怖くなったんですよ」
「ほう、興味深いな」
「す、好きな人が出来たからで…」
ああはいはい。そう言う事ね。
で、結ばれたの?今は幸せいっぱいか?
「いえ、ベンジャミンボーイズの航くんなんで」
「え?だれ?」
「アイドルグループですよ」
ああ、推しが出来たのね。
それも悪くない。熱中出来るものがあれば人間頑張れるものだ。
「航くんはいつも画面の中から私に話しかけてくれて」
「「……」」
「コンサートに行っても私の事ばかり見てくれるんです」
「「……」」
治ってないねこれは。
飛川さん、あんたが雇ったんだから責任取りなさいよ。
航くんに彼女が出来た時が怖い。俺は知らんからな。




