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アルヴァトスの悔い

ギネーベの結界から逃亡を図って、今日で3日目が護る。

俺たちは、ほとんど休むことなく荒野を進み続けている。道中に何回か執襲撃があったせいもあり、ハルとデュポンの疲労はだいぶピークに達していた。ここ数時間、二人とも全く口を開いていない。

……それもそうだ、まともに寝てないからな。

今日はさすがに、まとまった睡眠の時間を用意してやろう。正直、俺の身体もそろそろ限界が近い。


本当は車のような移動手段でも用意してやりたいんだが、いかんせん俺はその手の機械の構造を完璧には理解していない。生半可な知識で作れば、下手したら大事故を起こす可能性がある。安全の観点から考えても、今の状況で使うのは悪手と言わざるを得なかった。


そして、深夜。

荒野に張った即席のテントの中、ハルもデュポンもよほど疲れていたのか、横になるとすぐに寝息を立て始めた。

みんなが完全に眠ったのを確認し、俺は気配を殺して、彼らを起こさないようこっそりとテントを抜け出した。


夜の荒野は、肌を刺すように冷たい。テントから少し離れた岩陰に腰を下ろし、俺はいつもの作業を始めた。


――数分後。

背後から、わずかに砂を踏みしめる微かな気配を感じた。

ゆっくりと振り向くと、そこにはデュポンが、暗闇の中でじっと俺を見つめて立っていた。


「どうした、こんな夜中に」


俺は努めていつも通りの、軽い調子で声をかけた。


「……ヴァルこそ、何やってんの?」


「……見張りだよ」


「嘘だ」


デュポンの声は、低く、そして確信に満ちていた。


「ヴァルが夜中に抜け出すのは、今日が初めてじゃない。ギネーベに追われる前から、君はちょくちょく夜中に抜け出していた」


「……俺だって、一人きりになりたい時くらいあるぜ。だからさっさと戻って寝な」


だが、デュポンは俺の言葉を完全に無視し、一歩、また一歩とこちらに近づいてきた。

俺が止める間もなく、デュポンの手が俺の衣服へと伸びた。


ガバッ、と上に羽織っていた服を、強引にめくり上げられてしまう。

露わになった俺の腹部。

その光景が視界に飛び込んできた瞬間、デュポンは息を呑み、そっと目を閉じた。


「やっぱ、気づいていたか」


俺は自嘲気味に笑った。

めくられた俺の腹部は、覆っている皮膚がなく、内臓がどろりと剥き出しとなっていた。普通なら生きて動いていることすら不可能な、見るに堪えない惨状。


「直前までは、はっきりとはわからなかったよ……」


デュポンは目を閉じたまま、震える声で言葉を絞り出す。


「ずっと違和感を感じてたんだ。でも、最近のヴァルはどこか反応が鈍かった。この間の遊園地での襲撃のとき、あの動きは明らかにいつものヴァルじゃなかった」


「……あの時か。さすがにあれは、ごまかしきれなかったな」


「そこから、夜中にヴァルがこっそり外に抜け出してから、朝になるまで帰ってこない日が増えた。何をしてるんだろうって不審に思って、今、後をつけてきたんだ。そしたら……近くに寄った瞬間、血の匂いがして。もしかしたらって……」


ゆっくりと目を開けたデュポンが、真っ直ぐに俺を見た。


「死ぬの?」


あまりにも率直な問いだった。

だから、俺も偽ることなく短く、事実だけを返した。


「あぁ、死ぬよ」

数秒の沈黙が生まれ、重々しくデュポンが口を開く。


「……いつから?」


「デュポンに会う前だな。もともと、俺が『攻略隊』って部隊を率いていたのは知っているだろ」


「知ってる。もしかして……君が行方をくらました理由って」


「そう。俺が『虚無』になっちゃったからだ」


生きる意志が、毎日少しずつ、少しずつ、日々の生活の中で消え失せていくのが自分でも分かった。そして、それに気づいた時には、もう身体の崩壊は始まっていたんだ。


「今こうして生きているように見えるのは、崩れていく自分の身体を、常に再生魔法で作り直し続けているからに過ぎない」


「……」


デュポンは、すっかり黙り込んでしまった。なんて言えばいいのかわからないのだろう。

「もともとは、誰にも言わずにこっそりと誰も知らない静かなところで息を引き取る予定だったんだけどな……完全に計画が狂っちゃったよ」


まさか、このタイミングでバレるとは思わなかった。それに、デュポンがついてきていることにすら直前まで気づけなかった。やはり、俺の体は相当限界らしい。


「とりあえず、君たちを無事にギネーベの区域から抜け出させることだけは約束する。だから……って、おい。なに泣いてんだよ、らしくもない」


見ると、デュポンの目から大粒の涙がボロボロと溢れ、地面の砂を濡らしていた。


「う……くそっ……! お前なんかのために、泣くことになるなんて……っ」


「こんな時くらい素直になってくれよ、まったく」


俺は呆れたように笑いながらも、その涙が酷く胸に染みた。

その夜、俺たちは眠らなかった。冷たい星空の下、初めて出会った時のことや、これまでの旅の思い出、くだらない馬鹿話まで、夜通しで静かに語り合った。デュポンとこんな風に話すのは、これが最後になるかもしれないと思いながら。


やがて、東の地平線がほんのりと白み始めた頃、俺は小さく息を吐き出した。


「はぁ……どうせ隠し事もバレちゃったんだし、一つ、お願いしてもいいか?」


「お願い……?」


デュポンが、赤くなった目をこすりながら聞き返す。


「おそらく、このままだと、俺たちは結界の外に出る前に確実にギネーベに追いつかれる」


「は!? じゃあ、今こうしてゆっくりしてる暇なんてないでしょ! すぐにハルを起こして――」


焦って立ち上がろうとするデュポンの肩を、俺は静かに手で制した。


「いや、今ここで動いていようが止まっていようが、どのみち追いつかれることに変わりはない」


「そんな……じゃあ、どうすればいいんだよ……!」


絶望に顔を歪める相棒を見つめ、俺は覚悟を決めた笑顔を向けた。


「俺が、囮になる」


「え……?」


「俺に残された時間は、もうない」


「あ……」

じっと鋭くデュポンを見つめる。

俺の言葉の意味を理解したのか、デュポンはそれ以上、言葉を発することができなかった。


「ヴァルがギネーベには…勝つことはできないの?」


「無理だな。今の俺は常に魔力を自分の体内の回復に当ててる。少しでも手を抜けば一瞬でどろっと体が行っちまう。まともには戦えないな。」


「でも…ただで死ぬつもりはない。時間はちゃんと稼ぐつもりだ。だからお前たちは全力で走って逃げだせるだけの時間を。」


「……」


「頼むよデュポン」

デュポンの返答を聞かず、すぐにデュポンを寝かせた。今からでも2,3時間は寝る時間があるだろう。


別に今更、死ぬことに後悔も恐怖も感じない。ただ……悔いは残っている。

……あいつらが無事でいる姿を見たかったな。


そして夜が明けていった。


ちょくちょく伏線置いてはいたんですよね。閻魔大王候補第2期生のイムがヴァルに抱き着いたとき「臭い」と言っていたり。あれは普通に体が腐ったせいで腐敗集が漏れ出てただけです。

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