デュポンの推理
色々と思うことはあった。ヴァルのあの指先から零れ落ちた黒い砂、そして「ハルには言うな」という残酷な口止め。胸の奥が張り裂けそうなくらいに苦しい。
けれど、とりあえず今はここを抜け出すことだけを考えよう。感傷に浸って立ち止まっている時間なんて、一秒だってない。
あれから、この建物の中にあのロボットたちが無理に踏み込んでくる気配はなかった。
しかし窓の隙間から外を覗くと、薄暗い遊園地の路地に、赤く光る機械の目が着々と数を増やし、不気味なほど静かにこちらを待ち構えてしまっている。
……入ってこない。
ってことは、やっぱり向こうは僕たちをここに閉じ込め、足止めすることだけが目的なのかな。ギネーベ本隊が到着するまでの時間を稼ぐために。
「どうやって本体を見つけるか……」
僕は唇を噛み締めながら呟いた。
周りには、イムが作ったアトラクションや建物の障害物が大量にある。普通に考えれば、そのどこかの物陰に身を隠して、コソコソと糸を引いているはずだ。
だが、ヴァルに周囲を広く探知してもらったところ、近くの障害物には魔力反応がなく、誰も隠れてはいないという。
……じゃあ、かなり遠距離から操作を?
いやでも、これだけの数をその距離から同時に動かすのは構造的にありないってヴァルが言っていた。
考えても考えても、答えには思いつかなかった。すると、
「お! やっと起きたみたいだぜ」
手持ち無沙汰そうに床を蹴っていたヴァルが、部屋の隅を指差してニヤリと笑った。
「ん?」
釣られて視線を向けると、ヴァルが外捕まえてきたあの悪魔が、ようやくうめき声を上げて目を覚ましたところだった。
そいつは、自分の身体が縄で縛られていることに気づくと、一気に顔面を蒼白に染めた。
「な、なんなんですか……あなたたちは!」
捕まった悪魔はかなり混乱している様子で、ガタガタと激しく身体を震わせている。
「ほら、こいつならある程度情報知ってるんじゃないか?」
ヴァルが顎でそいつをしゃくる。
「たしかに……でも、そんな簡単に話してくれるかな」
「答えなかったら拷問とか、いくらでも吐かせる方法はあるからな」
捕まった悪魔はひぃっ、と短い悲鳴を上げてさらに怯える。おそらくヴァルなら本当にするのだろう。
僕はその悪魔の前にしゃがみ込み、視線を合わせて静かに問いかけた。
「……あのロボットを操っている本体は、どこにいるの?」
「し、知らない……っ!」
案の定、その悪魔はぎゅっと口を閉じ、それ以上喋ろうとしなかった。
…今回、僕たちを足止めできなかったらギネーベから何かされるのかな
すると、ヴァルが面倒くさそうに大きなため息を吐きながら、ゾクリとするほど鋭い、悪魔特有の威圧のオーラをその場に放った。部屋の空気が一気に重く、冷たく張り詰める。
「し、しらない! 本当に知らないんだ!」
その圧倒的なプレッシャーに耐えかねたのか、悪魔は涙目になりながら激しく首を振った。
「会ったのもこの間が初めてだし……! その時も、あいつが操っているロボット数体のうちの一人と話しただけで、生身の姿は一度も見てないんだ! 本当にそれだけなんだ、信じてくれ!」
「……その時の状況を、詳しく話しなよ」
その後もペラペラと話してくれた。
そいつの話を要約すると、ここに待ち伏せしている悪魔たちは、たまたま近くの層にいた奴らをギネーベが強引に寄せ集めただけらしく、そのため互いの素性もほとんど知らないのだという。
初めてロボットの本体と接触したときも、現れたのは5体ほどの機械人形だけで、操っている本人の姿はどこにもなかった。そこでロボットの1体が『すべて私に任せていればいい』と不気味な声で告げ、すぐに去ってしまったらしい。
その後、どうやって足止めするつもりなのか気になった悪魔が、何体かの動いているロボットに直接話しかけて尋ねてみたが、すべてのロボットがこちらに見向きもせず、一言の返事もなかったとのことだった。
「だ、だいたい私が知っているのはこれくらいです……!」
「本当かなぁー?」
ニヤニヤと、ヴァルがわざとらしく不気味な笑みを浮かべながらその悪魔にジリ詰め寄る。
「ほ、本当ですよ! 本当にこれ以外は何もわからないんですよ!」
「……やめなよヴァル。本当に知らないみたいだし」
僕はヴァルの肩を叩いて止め、とりあえず怯えきっている悪魔を部屋の裏へと押し込んで鍵をかけた。
聞き出した情報の中で、どうしても一つだけ、引っかかることがあった。
……話しかけたのに、返事がなかった。
そこに、どうしようもない違和感を覚える。
動いているロボットに話しかけたってことは、おそらくその瞬間、本人が直接その機体を意識操作しているはずだ。なら、いくら面倒くさくても一言くらい返事があってもいい。返事をするのがただ怠かったと言われればそれまでだが……。
そこである一つの可能性が、頭の中に浮かんできた。
……いや、でも確証はない。だけど、この仮説なら、ヴァルの魔力探知を潜り抜けながら、障害物に隠れることもなく、間近で僕たちの動きを正確に監視することができる。
僕はさっそく、思いついた作戦をヴァルに耳打ちした。
数分後。僕は建物の屋上へと上がり、薄暗い遊園地全体の景色を静かに見下ろした。
「……こう見ると、やっぱり多いな」
思わず息を呑む。ロボットの数は最初の時よりもさらに膨れ上がり、100体は余裕で越えていた。
……僕の見立てが正しければ
あのロボットたちを操っている本人は、あの『大量にいるロボットの中にいる』。
周りの景色の物陰にいないなら、ロボットと全く同じ格好をしてあの群れそのものに紛れ込んでいるはず。
そして、事前に話し合った通り、ヴァルが建物の外へと姿を現した。
ガシャン、と音を立てて、100体を超えるロボットたちの視線が一斉にヴァルの方へと移動する。
じゃあ、どうやって本物を見つけ出すのか。
いくら外見をロボットに偽装していようが、操っている本人はただの生き物だ。なら、プロ機械には絶対にしない動きをさせれば、すぐに判別がつく。
ポイっと、ヴァルが手元にあった白いボールを、上空へ向かって大きく放り投げた。
薄暗い空に、弧を描いていく白い球体。
当然、ほとんどのロボットたちは、標的であるヴァルから視線を外さず、ボールには一切反応しない。
――だが、たった一機だけ。
放り投げられた球体の軌道に釣られて、不自然に頭を上へと動かしたロボットがいた。
「……あれだ!」
僕は屋上から、すぐにヴァルへ向けて位置の合図を送る。
相手もこちらの作戦に気づいたのだろう。自分がバレたと察した瞬間、辺りのロボットたちを壁にするように操作し、その隙に群れの後方へ逃げようと動き出した。
しかし、その前にもう、ヴァルが動いていた。
「見つけたぜ」
凄まじい衝撃音と共に、立ちふさがるロボットたちを力任せに吹き飛ばしながら、ヴァルは一瞬でその『一機』の懐へと詰め寄っていた。
そのまま、眼前のロボットの胸部へと、重い拳を思いっきり叩きつける。
バリィィィイン! と金属の装甲が派手に引き裂かれ、破れた外殻の中から、生身の悪魔の姿が現れた。
ヴァルの強烈な一撃の衝撃に耐え切れなかったのか、中から出てきた悪魔はすでに気を失っており、白目を剥いてぐったりとしている。
それと同時に、周囲を埋め尽くしていた100体以上のロボットたちの動きが一斉にピタリと止まり、まるで糸が切れたように、メキメキと音を立ててその場に崩壊していった。
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それから数分後。
僕たちは、奥の部屋で休ませていたハルを起こし、荷物をまとめてさっさとこの場所を抜け出すために歩を進めていた。
錆びついた遊園地のゲートをくぐり、再び不気味な荒野へと足を踏み入れる。
「ごめん、今回なにも役に立てなかった……」
僕らの少し後ろを歩いていたハルが、ひどく申し訳なさそうに眉を下げて頭を下げてきた。
「……いや、気にしなくてもいいよ。というか、僕だってヴァルがいなかったら何もできていなかったしね」
そう言って、僕は隣を歩くヴァルに視線を向けた。
ヴァルはいつも通りでとくに怪我をしている様子はない。不安が残りながらも僕らはこの場所をあとにした。




