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デュポンの疑問

僕はデュポン。この無間地獄に来てからも、かなり長い時間を過ごしてきた。

けれど、最近は今まで感じたことのない異質な出来事が起きすぎている。

昨日まで一緒にトカゲの姿でヘラヘラしていたヴァルが、実は閻魔大王候補筆頭の『アルヴァトス』だったり、本物の閻魔大王になった悪魔と対峙したり、あのギネーベに追われる立場になったり……本当に、数え上げればきりがない。

思えば、これもすべてハルが来てから始まった気がする。


現在は、ギネーベが張り巡らせた半径50キロの結界から抜け出すべく、ひたすら徒歩で荒野を歩いているところだ。


「イムとは、無間地獄に来る前からの付き合いだな」


「師匠、とかって言ってたのは?」


ハルが不思議そうに首を傾げて尋ねる。


「あぁ、俺がイムに魔法を教えたから。ま、向こうが勝手に言っているだけどね」


「てことは、イムが作ったような要塞とかお城とかを、ヴァルも作れるの?」


「いや、作ろうと思えばやれなくはないが、イムほどすぐには作れないな。実戦なら間違いなく俺が勝つが、創造魔法の純粋な精度に関しては、俺よりもイムのほうが強い」

ヴァルは前に一度、僕とハルの傷を治すとき、失った身体を文字通り一から作り直すという、だいぶ意味の分からない創造魔法を使っていた。あの次元を超えた技術よりも、さらに高度なものをイムという悪魔が扱えるのだとしたら、それは少し恐ろしくすらある。


「うわ、何じゃありゃ……」


不意に、ハルが足を止めて前方の一角を指差した。

その先に見えたのは――巨大な観覧車、錆びついたコーヒーカップ、うねるような軌道を描くジェットコースター。

地獄にはあまりにも不釣り合いな、遊園地だった。


「あ、ハルはここに来るのは初めてか」


呆然としているハルの隣で、すでにここを訪れたことのある僕らは、落ち着き払って答える。


「あれもイムが作った創造物の一つだよ。この第3層に閉じ込められている間にあいつが作りまくったから、こんな施設がまだたくさんあるらしいよ」


「へー……」


ハルが、じっとそのゲートを見つめながら、若干むずむずと中に入りたそうな雰囲気を醸し出していた。あいつの目が、心なしかキラキラと輝いている。


「……行きたいの?」


「ちょっとだけ……」


少しだけ期待を込めた目で僕を見てくるハルを見ていると、なんだか行かせてあげたくなってしまった。といっても、僕の一存では決められない。一応、僕らは今ギネーベに追われている身なのだから。


「ヴァル、どうする?」


「別にもともとここを突っ切るつもりだったから問題ないぜ。遊園地を迂回していくと結構ロスするしな」


「ほんと! やった!」


ヴァルのあっさりとした許可に、ハルがその場で小さく跳ねながら喜んでいた。その無邪気な姿に、僕の胸の重荷も少し軽くなる。


「といっても、この遊園地はほとんど動いてないから、ただの張りぼてなんだけどな」


「いや、まぁ見るだけでも全然楽しいよ!」


そうして僕らは、巨大な張りぼての遊園地へと足を踏み入れていった。


■■■


遊園地内は、イムの創造魔法のおかげか汚れこそなかったが、全体的に微妙に薄暗く、静まり返っていてどこか不気味だった。風が吹くたびに、アトラクションの鉄骨がキィと小さく鳴る。

けれど、その不穏な空気とは反面に、ハルはかなり楽しそうに周囲を見回しながら歩いていた。

……正直、僕はちょっと怖い。


「これって、どこまで続いているの?」


「正確なのはわからわからないけど、何となく端から端まで1キロくらいじゃないかな」


「なっが!」


ハルが目を丸くする。正確な数値をヴァルに聞き直そうと思い、彼のほうに視線を向けるとヴァルはいつもの気楽な様子とは違い、どこか険しい、悩ましげな表情で眉間を寄せていた。


「あれ、ヴァル。どうかしたの?」


「……この遊園地内に、何人か待ち伏せしてる奴がいる。少なくとも10人はいるな」


「え、ほんと?」


心臓がドクリと跳ねる。


「間違いなくギネーベの差し金だ。ギネーベ結界の外に出ようと思うとこの遊園地を通ることになるから、近くにいた悪魔を集めて網を張ったってところか」


「じゃあ……引き返す?」


「……いや、それはダメだ。向こうも引き返させるのが狙いだろうし、ここは突っ切るしかねーな。とりあえずハルにもそう伝えておいてくれ」


「分かった」


「俺は少し周りを探索しておく。気をつけろよ」


ヴァルはそう言い残すと、影のように滑らかな動きで路地へと消えていった。僕はすぐにハルの側へ寄り、あまり自分から離れないようにと状況を説明した。

にしても、待ち伏せされているとなると、罠も仕掛けられている可能性があるのか。嫌な汗が背中を伝う。とりあえず今は、ヴァルが戻るのを待つしかなかった。


数分後、戻ってきたヴァルの右腕には、完全に気絶してぐったりとした悪魔が一人、荷物のように抱えられていた。


「おう、ただいま」


「おかえり……って、そいつは?」


僕は、ヴァルが引きずってきた悪魔を指差した。


「とりあえず一人さらっておいた。後で尋問しようぜ」


「えぇ……それはともかく、どうするの?」


「とりあえず、突っ切るかな。見た感じ、そこまで敵が強そうには見えなかったし。罠も全部踏んで、最短最速でいくとしよう」


「……」


……何となくそうなるとは思ったが。いや、ヴァルが言うなら恐らくできるのだろうけれど、あまりにも作戦もクソもないゴリ押しぶりに、ハルも思わず苦笑いしていた。


「じゃあ、そうと決まったらさっさと行こう。離れんなよ」


ガシッ、とヴァルの両手で、僕とハルの肩が力強く掴まれた。

次の瞬間、ヴァルの身体から膨大な魔力が吹き出し、僕たちを中心にして球体状の透明なバリアが展開される。地面がふわっと浮かび上がり、急激な浮遊感が視界を揺さぶった。


「ちょっ、ヴァル!」


何が起こったかを理解するよりも早く、凄まじい風切り音と共に、僕たちは球体ごとものすごい速度で直進し始めた。

眼下の地面で、いくつか罠と思われる魔法陣が光り、爆発音が連続して響く。けれど、僕たちを包むバリアが壊れる様子は微塵もない。

いくら何でもめちゃくちゃすぎる。


速度が速すぎて景色が引き裂かれていく。恐らく、途中で何人かの敵悪魔とすれ違っている……と思うのだが、ヴァルは進路上にいるすべてを完全に無視して突っ切っていた。向こうも、まさかここまで力技でごり押ししてくるとは夢にも思うまい。

これならいける、そう一安心したその時だった。


ギキィィイイイイイッ!!!


鼓膜を刺すような急ブレーキの音が響き、球体が強引に停止した。


「うわあああ! 急に止まるなよ!」


つんのめりそうになりながら叫ぶ僕に、ヴァルは前を見据えたまま、低く短い声で返した。


「あぁ、すまん」


その顔は、今までに見たことがないほど神妙なものだった。


「どうかしたの?」


「おかしい……魔力反応が明らかに増えてる。もともといた人数よりもはるかに。……たぶん、100はいるな」


「100!?」


あまりの異常な数値に、ハルが声を荒げる。


「あぁ。……でも、ここで止まってたら囲まれるだけだ。行くしかねーな」


再度、球体ごと僕らの身体が浮き上がり、前方へと発進する。

けれど、僕の頭には強い疑問が残っていた。1人や2人なら見間違いもあるだろうが、100という数をヴァルほどの悪魔が見間違えるわけがない。一体何が起きているんだ。


その疑問は、すぐに最悪な形で解消されることになった。


ガンッ!!!


何かが正面から凄まじい勢いでバリアにぶつかり、おもいきり跳ね飛ばされた。衝撃で若干の失速はあったものの、進行には問題なさそうだ。僕はすぐに、今跳ね飛ばした『正体』のほうへと視線を向けた。


「何あれ……」


ハルが呆然と呟く。そこに転がっていたのは、生物ではない――機械でできた、無機質な人型の何かだった。

それを見て、僕の脳裏に一つの噂がピンと浮かび上がった。


「たしか、要塞内で大量の機械を召喚して、同時に操れる悪魔がいるって聞いたことある……!」


「あぁ、なんかいたな、そんな奴。丁度、特徴も一致してるし」


おそらく、僕たちがバリアで突っ込んでくるのを確認し、一気に待機させていたロボットを総出動させたのだろう。

話している間にも、前方から次々とロボットたちが捨て身の体当たりを仕掛けてきて、バリアの速度が目に見えて落ちていく。


「……無理だな。このままだと簡単に包囲される」


「でも、ヴァルなら全員倒せるんじゃ……」


ハルの言葉に、ヴァルは冷静に首を横に振った。


「まぁできるけど、それこそギネーベたちの思うツボだぜ。しかも、たぶんこのロボットたちは、本体を倒さないと無限に止まらないぞ」


ヴァルはこんな状況でも、やけに落ち着き払っていた。

たしかに、ここで消耗させられるのは向こうの作戦通りだ。でも、だったらどうすればいいのだろう。


「一旦引くしかないな。ここで消耗するよりか、そのほうがいい」


進路を変更し、来た道をいくつかのロボットを振り切りながら戻る。僕たちは、近くにあった適当な2階建ての建物の中に駆け込んだ。

道中、ハルが飛んできた破片で足を怪我してしまったため、ベッドのある奥の部屋で休ませることにした。ちなみにちゃんと捕まえた悪魔も縛って角に置いている。


「……」


扉を閉め、薄暗い部屋の片隅で、僕はじっと床を見つめた。

どうしようもない現状に頭を悩ます。考えれば考えるほど、どんどん嫌なことばかりが頭を支配していく。


ベシッ!


「いだ“っ」

突如、頭に強い衝撃を感じて、思わず短い悲鳴をあげた。見上げると、ヴァルが呆れた顔でチョップを振り下ろしたポーズのまま立っていた。


「焦りすぎだ、バカ」


「でも……!」


「もっと考えろ。戦いは、落ち着いて全体を俯瞰してる奴が勝つって言っただろ。言っておくが、今回俺は何も案を出さないぞ。お前が考えろ」


ヴァルの鋭い眼光に射抜かれ、僕はハッと我に返った。

「……わかった」

深く息を吐き出し、落ち着いて現状を整理していく。まずは、どうやってこの遊園地を抜けるかだ。


「やっぱり……あの大量のロボットを操っている、本体をやるしかない……のかな」


次に、どうやってその本体を引っ張り出すか、あるいは探し出すかだ。あれほどの量を一気に操っているんだ。しかも、さっきのロボットたちの突撃は、僕らの位置を正確に狙い定めてぶつかってきていた。何も見えない場所から、あそこまで正確に突撃させるのは不可能なはず。

そうなると、敵の本体は、かなり近い場所で僕たちを直接見て操っている可能性が高い。


「……なんとなく、まとまってきたみたいだな」


僕の呟きを聞いて、ヴァルが少し満足そうに目を細める。


「でも、具体的にどうするかは全然――」


パリィィイン!!!


その言葉をかき消すように、激しい音を立てて窓ガラスが割れた。

破片を飛び散らせながら、数体のロボットが室内に侵入してくる。


僕はすぐに跳び起き、戦闘態勢へと魔力を構築しようとした。

けれど、それよりも遥かに早く、ヴァルが閃光のような速度で動き、入ってきたロボットたちを一瞬で切り倒した。


「まだ来る!」


割れた窓から、再び3体ほどのロボットが槍を構えて突入してくる。

ヴァルなら大丈夫。僕はそう確信して、彼の背中を見つめていた。


「ヴァル?」


けれど、ヴァルは僕の声に答えることはなかった。

彼は、不自然なほど静かに、その場に立ち尽くしていた。その瞳は完全に焦点を失い、どこか虚ろに開かれている。

ガクガクと、彼の身体が大きく震えていた。


制止する間もなかった。容赦なく突っ込んできたロボットたちの槍が、立ち止まっているヴァルの身体を深く、無残に串刺しにした。

鈍い音が響き、ヴァルの身体が床へと激しく横たわる。ロボットたちは容赦なく、倒れた彼の身体へと、二度、三度と槍をグサグサと突き立てていった。


「は……嘘、なんで!?」


目の前の光景が信じられず、僕の頭の中は真っ白な疑問と恐怖で埋め尽くされていく。

そして、ヴァルを突き刺し終えたロボットたちが、冷徹なセンサーをこちらに向け、僕を目がけて一斉に照準を合わせた。


一瞬、あまりのショックに反応が遅れ、魔法の構築が間に合わない。

……まずい、このままだと殺される――!


そう覚悟した寸前、ロボットたちの動きがピタリと止まった。次の瞬間、内部からバチバチと激しい電気音が鳴り響き、すべてのロボットが糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。


「ふぅ……」

どうやらヴァルが倒したらしい。

床に溜まったロボットの残骸の中から、さっきまで倒れていたはずのヴァルが、ゆっくりと立ち上がった。その手は、自分の頭を酷く痛そうに強く押さえている。


「大丈夫なの!? というか、一体何があったんだよ!」


僕はすぐにヴァルのもとへと駆け寄り、彼の服を掴んで問い詰めた。見るところ傷はなさそうだ。


「……ただの立ち眩みだ。気にすることはない」


ヴァルはいつも通りの軽い口調を作ってそう言ったが、その声は微かに震えていた。そんなものが、ただの立ち眩みに見えるわけがない。


「なわけないでしょ! なんでそんな嘘をつくの!」


僕がさらに詰め寄ろうとすると、ヴァルは一呼吸を置き、静かに天井を見つめた。その横顔には、見たこともないほどの深い疲弊が刻まれている。


「よし……もう大丈夫だ。ほら」


僕を安心させようとしたのか、ヴァルは軽く腕を振ってみせた。しかしそんなもので信じられるわけもない。


「あーすまんな、デュポン。とりあえず……何も聞かないでほしい」


ヴァルは僕の目を真っ直ぐに見つめ、低く、拒絶を許さない声で告げた。


「あと、このことはハルには絶対に言うなよ」

その時のヴァルの顔を僕は見れなかった。


デュポン視点でしたね。次はヴァルかデュポン視点のどっちにするかです。

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