隼は死んだ
留学の申し込み期限が着実に迫ってきた。僕はまだ姉さんにそのことを言い出せずにいる。
そしてある朝、並んで朝食を食べている時だった。
「…」
箸が止まっている僕を姉さんがじっと見つめていた。
「どしたの?ここ最近なんか様子がおかしいけど」
「う、実は…いやなんでもない」
さすがに朝っぱらから話すことではないため口を閉じた。
「…もしかして、言えない原因って私にある?」
確信をつかれびくっと肩を揺らす。
「やっぱり…話してよ」
「でも姉さん、もうすぐ仕事はじまるし…」
姉さんはスマホを取り出しすぐにどこかに電話し始めた。
「……はい、体調不良で。ええ、すみません。失礼します」
「ど。どうしたの?」
「今日休み取った、ほら話せ」
「えぇ…そんなめちゃくちゃな。大丈夫なの?」
姉さんは研究所の中でも重要な立場にいるはずだ。以前、自分でも「あんまり休めない」と言っていたのに。
「問題ないよ別に一日くらい。それよりも家族のほう優先したほうがいいだろ。おらおら、さっさと言いなさい」
おでこを指先でツンツンと小突きながら、姉さんが僕を急かす。
「うぅ…でも」
「隼、私は隼の人生の足枷にだけはなりたくないの。だからちゃんと言ってほしい」
「姉さん…」
そのまっすぐな目とその想いに答えないわけにはいかない。僕は言うことを決心した。
「実は僕、留学しようと思ってるんだ。」
姉さんは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。
「えっとそれは何日くらい?」
「…数か月」
5分後
「いやだああああああああああああああああああああああああああああ」
姉さんはまるで駄々をこねる子供のように、その場で手足をじたばたと暴れさせた。 ……やっぱり、こうなっちゃったか。 さっきまで「足枷になりたくない」なんて格好いいことを言っていた姉さんは、どこへ行ってしまったんだろう。
呆然とする僕の前で、ピタッと姉さんの動きが止まった。
「うぅ…でも足手まといにはならにって言ったばっかだし、私は、ひぐ、我慢するよ。」
泣きそうなのを我慢しているのか姉さんの顔が震えていた。
「姉さん…」
「うぐぐ私も一緒にいこうかな…」
「いや研究所はどうするんだよ…」
意外にもあっさりと了承をもらえたことに、僕は少しだけ感慨深くなった。姉さんも、少しずつ変わっているのかもしれない。
そこからはあっという間で親に言うとあっさりOKをもらい夏休みの間に行くことになった。場所は『アーク』という東南アジアの国だ。
そして出発の日。空港の搭乗ゲート前で、姉さんは顔をくしゃくしゃにしていた。
「ううううううう」
「大丈夫だってたかが2か月間だよ。」
空港で見送られてるところだ。
「2“か”月“もだよ!毎日、電話するからな…」
「はいはい」
「なんかあったらすぐに帰って来いよ」
「…姉さん、それもう10回目だよ。大丈夫だって僕ももう子供じゃないんだから」
あと5分ほどで搭乗しなければならない。確実に時間は迫っていた。
……心配させないように強がってるけど、姉さんの顔見てたらさすがにそろそろ限界かも
目頭が若干熱くなりだす。さすがに大学生にもなって、しかもたかが2か月の留学で泣きたくはない。そう思い必死にこらえる。
「姉さん、そろそろいくよ。向こう着いたらまた電話するから」
見送る家族に背を向け、機体へと乗り込む。 窓の外を見ると、姉さんがちぎれんばかりに大きく手を振っていた。僕も、小さく手を振り返した。
寂しさもあったがこれから新生活が始まるという期待感もあった。
この時、僕の意識は完全に宵風隼となっていた。
そこから向こうの大学に行き、いろいろなことを勉強し順風満帆に過ごしていた。
しかしそんな日常は呆気ない形で終わりを迎えた。
戦争がはじまったのだ。
滞在先のアークと、母国である東アジア連邦。もともと良好とは言えなかった両国の関係は、テロをきっかけに一気に最悪の事態へと転がり落ちた。
僕は帰国不能となり、スパイ対策という名目で携帯電話すら没収された。 気づけば、留学期間の二ヶ月はとうに過ぎ、半年が経過していた。
さらに事態を悪化させたのは、この国で猛威を振るい始めた「病」だった。感染者は一つの都市へ隔離される。
感染力はそこそこありかなりの人数がかかっている。僕も例外なく、その病に感染していた。
噂によると東アジア連邦によるバイオテロ、つまり人口的に作られたウイルスともいわれている。だが他国でも流行しているため真相はわからない。
かかると高熱がではじめ少しずつ体の内臓の機能がしていき死に至るとのこと。
ステージ5まであるそうで人によって進行具合は変わるらしい。
感染人数があまりに多いからか医療班が全く足りておらずまともな処置がされていなかった。
現在僕はステージ2。高熱がでて歩くのがすこし困難となりごはんがちゃんとのどを通らない。
スープ状の食べ物をすくい口に入れる。味覚器官がおかしくなっているのか味もにおいも全くせずただ気持ち悪かった。
まだ半分も残っているがスプーンをもつ手が止まった。
「まだ。死ねない…姉さんに会うまでは」
のこったスープを無理やり口に流し込み吐きそうになるのを必死にこらえた。
そんな生活がさらに続いたある日テレビから緊急のニュースが流れる。
内容は感染症の特効薬を完成させたようだ。しかし完成させたのは東アジア連邦、当然ただで渡すことはなかった。
「「降伏勧告をする。この特効薬を望むのならただちに全軍武装を解除し投降しろ」」
との声明がでた。
今までは拮抗していた戦況は一気に一方的となった。東アジア連邦はすでに特効薬が完成しているため自国ないでの感染による被害を最低限まで抑えられているため単純な兵数に大きな差が生まれた。
主要都市があっという間に占領されていき降伏が余儀なくされた。
そして僕はようやく自国に戻ることができた。
しかし戻ったころには僕の感染症の進行具合はステージ5となり特効薬でどうにかなる域をとうに超えていた。後から知ったが特効薬を作ったのは姉さんだったらしい。
しかし特効薬で感染症が身体から消えたところで、すでに内臓がボロボロとなっているためもう助かりようがなかった。
今生きているのは姉さんと会うためなんとか執念でなんとかしてるだけ。
片目は見えず、耳も聞こえず、手足の感覚もほとんどない。頭がズキズキして何も考えられない。今から死ぬのだと魂が理解した。
隣には姉さんが僕の手をつよく握っていた。感覚がないのにとても心地よく痛みがすこしだけ和らいでいく。
姉さんはずっと僕に何かしゃべりかけていた、しかし聴力がほとんどないため聞こえないし喋ることもできない。
……姉さんに言わないといけないことがあるのに
ただ一言、その一言が言いたいだけ、それだけなのに体がそれを許してくれない。
しだいに眠くなっていき視界が薄れていく。
僕は祈ることにした。
(…どうか姉さんの人生が幸せであるように)
そして意識はプツンと落ちた。
次で地球の話を終わらせます。次は結構物語の核心にに触れた話になります。
あと東アジア連邦は日本、韓国、中国とかが合併した国って設定です。アークは適当。隼と慧がいる場所が日本だった場所になりますね。




