隼と慧
僕がエンマに出会った時、どこかで会ったことあるような、そんな既視感があった。
僕たちは色んな場所に行き、色んな話をし、長い時間を過ごしてきた。初対面のはずなのに、そんなことが頭を強くよぎった。
しかし、その理由も今はっきりした。
……気のせいなんかじゃなかった。僕たちはこうして、兄弟だったからだ。
「これからどうするか」
考えることは多い。まずこの世界から抜け出す方法も気になるが、エンマ……いや、慧がこれからどうなるのかが特に気がかりだ。
たぶんこの世界は、ほとんど正確に「地球」という星を再現している。それはこの数日で確認済みだ。
……なら、分かるかもしれない。姉さんに一体何があったのか。何があって、あんな姿になってしまったのか。
ふと僕たちの前に現れた、圧倒的な絶望を宿したエンマを思い出す。あれは…つまり姉さんの成れの果ての姿ということになる。
しかし、想像が全くつかない。姉さんに一体何があったら、あんな姿に、あんな能力になったのか。
いろいろな不安が頭を交差するが、考えても分からない。
「……とりあえず、今日は寝よう。身体の色んな場所が痛いし」
布団を被り、ふかふかのベッドに身を預け、ゆっくりと熟睡していった。
翌朝。
「行ってらっしゃい」
「うう……いぎだぐない」
「はいはい、行ってらっしゃい」
僕の腰にしがみつき、なかなか離れない姉さんを無理やり剥がして見送った。
今日はゼミの集まりがあったんだっけな。15時に集まって適当に遊び、18時から居酒屋に行くような感じである。
とりあえず姉さんに「今日は昼と夜ご飯いらない」とメッセージを送った。
瞬間に既読がつき、返信が返ってくる。
『お姉ちゃんは悲しいです (´・ω・`)』
『プリン作っておくから、二次会行かずさっさと帰ってこい ( ˙꒳˙)』
僕は苦笑しながら指を動かす。
『いや、たぶん二次会にカラオケ行くから無理。プリンは食べる』
『(இдஇ`。)』
そんなくだらない会話のなか、ふと窓から外を眺める。
「今日はいい天気だな」
地球はもうすぐ夏が来ようとしていた。。
■■■
……うぅ、隼め。生意気なこと言いやがって。昔はもうちょっと私のことを優先してくれたんだけどな……。
私は宵風慧。現在は通勤中でバスに乗っている。家からは近く、職場までは10分程度である。
にしても、帰っても隼がいないなら、私は今日一日どうやって仕事に精を出せばいいんだ。少しでも元気をチャージするため、できる限り隼にメッセージを送っていく。
『次は〇〇前、〇〇前』
隼とメッセージをしていたら、あっという間に着いてしまった。
バスを降りると大きなビルが見える。私はこの製薬会社の研究所で働いている。
入り口にあるカードキーをタッチし、ドアを開けて中へと入っていく。
「宵風さん、おはようございます。今日も一日よろしくお願いします」
「あ、あぁ、はい。おはようございます」
「にしても宵風さん、やっぱり『彼氏いない』って嘘だったんじゃないですか?」
「えっと……それは?」
「昨日、遊園地で宵風さんが仲良く若い男と一緒に歩いているのを同僚が見つけたって言っててね」
「あ、いや、あれは弟なんだけど……」
「ごまかさなくても大丈夫ですよ。だいぶ前にも男性と楽しく街中を歩いていたじゃないですか。研究所内はもう、宵風さんに彼氏がいるってことになってますよ」
「うう……」
この間、遊園地で私は隼に「研究所のメンバーは互いにライバル視しているから、あまりそういう関係にはならない」と言ったが、あれは嘘だ。実際はメンバーのみんなが私に彼氏がいると思い込んでおり、そもそもあまり寄ってこないのが現実だ。
……まぁ、タイプの男がいるわけではないんだが。
「それに普通、弟と二人きりで遊園地とか行かないでしょ」
「いやいやいや、行くでしょ!」
「行きませんよ普通。俺、妹いますけど口もきいてくれないし、一緒に遊ぶなんてもってのほかですよ」
「いや、お前……それは、まぁ……あれよ」
「いい加減認めてくださいよ」
説明するのが面倒になり、逃げるようにその場から離れた。
……あぁ、なんか朝から疲れたな。
席に着き、ぐったりと背もたれに身を置いた。気分転換代わりに、鞄からこの間の遊園地で撮った隼との写真を見て精神を安定させる。
「あ、それが噂の彼氏ですか?」
後ろから声が聞こえる。すぐに写真を隠し、後ろを振り向く。
「なんだ……あんたか」
こいつはこの研究所にいる、私と同じで珍しい女性研究員だ。そのためそこそこ仲がいい。
「どうしたの? 浮かない顔しちゃって。また弟のこと?」
「そう……実は今日さ」
弟が夜まで帰ってこないことを伝えた。
「……いや、過保護すぎじゃない?」
苦笑しながらそう答えられた。
「うぅ……そう?」
「大学生でしょ。ならそれくらいよくあることなんだから。というか、よくそれで嫌われてないね」
「う……」
「まぁとにかく、いずれは弟くんとも離れることになるかもなんだから。いい加減慣れないと」
隼と離れる。そのことを少し考えてみる。
「いぃいいやああああ!!!」
「あらら、発狂しちゃった。ほらほら、弟くんの写真ですよ~」
「はっ! そうだ。私も仕事終わったら、隼の飲み会の居酒屋に行けばいいじゃん!!」
「うわあ、弟くんかわいそーー」
■■■
現在時刻は18時。僕たちはゼミのメンバーたちで飲み会の会場へと向かっていた。
「隼、お腹すいたね」
「それな。そういえば教授はもう来てるの?」
「あー、もう先にいるらしいよ」
「じゃあ今回はもしかして……」
「教授のおごり!」
イエーイとハイタッチする。そしてルンルンの気分で居酒屋の中に入っていくと、そこにはすでに酔いつぶれている姉さんがいた。
「おぉ! 隼!! きらぁったぁーーー!」
「……知り合い?」
「……ごめん、ちょっと今日帰るわ」
とりあえず姉さんの分の会計をして、姉さんを担ぎ、そのまま店を出た。
帰り道。さすがにこの状態で電車に乗ったら変な目で見られるため、僕は姉さんを背負いながら、せこせこと歩いている。
「うぅ……隼?」
背中で姉さんが少しずつ意識を戻した。
「いい加減起きてよ」
「あれ、私は確か……というかなんで隼に背負われて……」
「……」
「隼、もしかして怒ってる?」
「そりゃあ怒るよ。ゼミのみんなで飲もうって話だったのに、潰されたんだったら誰だって」
「あぁ、なんか思い出してきたかも……。うぅ、その、ごめんね隼」
「……しばらく口きかない」
「許してよぉおお! お願いお願いお願いお願い!!」
とたんにじたばたと背中で暴れ出し、体制が不安定になり慌ててバランスをとる。
「ちょちょちょ、そんな暴れないでよ!!」
「口きいてくれないと、頑張れない!」
駄々っ子のように暴れる姉さんをなんとかあやす。
「もうしないから、許してぇ……」
「……許すよ。でも、もうやめてよね」
あー、なんだかんだで僕も甘いな……姉さん以外だったら絶対に許してない。
というか、さっきレシートを見たけど、姉さんは度数の低いお酒一杯であんなに酔ってたのか。
「姉さんはとりあえず、人前でお酒は飲まないでね」
「え、なんで?」
「とにかくだ」
姉さんを下ろそうとすると、しがみついて離れなかった。
「姉さん……」
「もうちょっと、このまま……」
まだ酔っているらしい。
溜息をつきながら、無理やり姉さんを背中からはがし、徒歩で帰宅した。
家に帰り、姉さんを風呂に入らせてから、すぐにベッドへ寝かしつけた。
寝たのを確認し、僕も自室に戻って寝る準備をする。
……はぁ、にしてもどうしよう。
一日離れただけでこの調子だときつそうなんだよな。
鞄からぴらっと一枚の紙を取り出す。
「留学の推薦状」。期間は二ヶ月間。ついこの間、教授からもらった。
『世界を知ってからだと全然違うから、行けるんなら行くべきだよ。君は特に成績がいいんだから』と言われ、渡されたものだ。
「留学代をほぼ免除……完全に行き得なんだけどな」
たぶん、姉さんは猛反対する。僕だって寂しい……でも、こんなチャンスはもう二度とないかもしれない。
僕は、この時気づいていなかった。
この時すでに「ハル」としての自分が薄れ、ほとんど「宵風隼」として過ごしていたことに。
あともうちょっと地球の話が続きます。




