ハルは確実に成長している
かくして僕たちは、閻魔大王の感知範囲である一キロ以内へと入った。
今のところ、気づかれている様子はない。急いで動いて体温が上がってしまうと感知される恐れがあるため、できる限りゆっくりと歩きながら、閻魔大王の姿を探しに行く。
「うぅぅう……怖いいいぃいい……っ」
デュポンは隣でかなり怯え、僕にぴったりとくっついて動いている。
(……あんまりくっつかれると、体温が上がっちゃうんだけどな)
そう思いながらも、僕は慎重に周囲を警戒した。
「一応、もう一回言っておくけど、黒ポンに変わっちゃだめだからね」
「わ、わ、分かってるよおおお……っ」
「……不安だなあ」
なぜ黒ポンに変わることを禁止しているのか。今回の作戦は、とにかく落ち着いて行動することが大切だからだ。あの黒ポンが落ち着いて行動なんてできるはずはない。だから今回は、お留守番というわけだ。
そんな風に歩いていると、とうとう閻魔大王のもとについた。
その姿を目にした瞬間、ふと、あの時の光景がフラッシュバックした。
ヴァルも黒ポンもボロボロになり、残るは僕だけとなったあの絶望感が頭に流れる。
足がふらつき倒れそうになるところをデュポンが支え何とか立ち止まることができた。
「大丈夫か、ハル……?」
「はぁ……、はぁ……っ。息をしっかり」
深呼吸をして、体を落ち着かせる。デュポンも怯えてはいるが、前に閻魔大王と対峙したのはあくまで黒ポンの状態だった時だ。だからこそ、今の彼はぎりぎり平静を保てていた。
「よし……いこう」
デュポンと一緒に、ゆっくりと重い足取りを動かしていく。さらに少しずつ近づいていくが、やはり気づかれている様子はない。
これからすることは、目標地点まで閻魔大王を誘導すること。そして誘導したあと、上空一キロ先に待機しているエデンに合図を送り、エデンの能力を空中から放つという算段だ。
誘導する方法は、デュポンの炎の魔法と、僕の炎を使う。閻魔大王は熱エネルギーに反応するため、距離を置いた位置に炎を出せば、そちらに向かうはずだ。
僕はデュポンと顔を合わせ、いよいよ実行に移る。
閻魔大王から十メートルほど離れた場所に、わずかな炎を出現させた。
……これで、動いてくれれば。
おそるおそる、閻魔大王の反応を見る。すると、閻魔大王の足は少し立ち止まり、炎の方へと歩いていった。
(よし、成功!! この調子で……)
心の中で叫んだ直後、ドゴン!!という、鼓膜を震わせるほどの衝撃音が鳴り響いた。
驚いて目を凝らすと、閻魔大王が僕たちの出した炎に向かって、問答無用で拳を叩き込んでいた。炎のあった地面は無惨に抉れ、巨大なクレーターができあがっている。
(うわ、びっくりした……。あんな威力、まともに喰らったら……)
背筋に冷たいものが走るが、立ち止まるわけにはいかない。僕とデュポンは呼吸を合わせ、交互に小さな炎を灯し、慎重に、確実に目的地へと彼女を寄せていった。
数十分後。
(もうすぐ、もうすぐだ……!)
目標地点までは残り数十メートル。凍えるような冷気に耐え続けた僕たちの努力が、ようやく報われようとしていた。
しかし到着する寸前、ピタッと閻魔大王の動きが止まった。
(何かあったのか?)
デュポンの方をちらりと見たが、彼も何が起こっているか分かっていない様子で首を振る。
嫌な予感がした。とりあえず再度炎を出し、彼女を動かそうとしたその瞬間だった。
「え……は?」
視認できないほど速い斬撃が、空気を切り裂いてデュポンの腕を深く抉った。
あまりの一瞬の出来事に、僕も、そして斬られた本人であるデュポンさえも、何が起きたのかまるで把握できなかった。
「う“う”う“う”う“う”ぅ“ぅううう……っ!」
激痛に顔を歪め、デュポンはその場に倒れ込んで悶え苦しむ。
(何で……何で気づかれた!?)
もしやと思い自分の首元を触ってみる。まだひんやりとはしているが、潜入を始めた頃に比べれば確実に温度が上がっていた。
(……時間経過による体温の上昇。それが原因か。でもほんの数度だぞ!)
斬撃が腕に留まっているところを見ると、閻魔大王はまだデュポンの位置を正確には掴めていない。だが、理由を考えている暇はなかった。とにかく、この絶望的な状況を何とかしなければならない。
ゆっくりと、けれど確実に、閻魔大王が倒れ伏すデュポンのもとへ歩みを進めていく。
(まずい……。痛みのせいで、デュポンの体温がさらに上がってるんだ。目的地までは、もうすぐそこだっていうのに!)
必死に別の場所に炎を出し、誘導を試みる。しかし、閻魔大王は炎に見向きもしない。おそらく無機質な高温よりも生命からの熱が優先されているのだろう。
(どうする? どうする?)
閻魔大王とデュポンとの距離、残り十メートル。
(どうする? このまま見捨てても、僕一人で彼女を引きつけることはできるはずだ)
距離、残り八メートル。
(どうする? デュポンは死んでも、後でヴァルが治してくれる。そうだろ?)
距離、残り五メートル。
(どうする? ……でも、それでいいのか。黒ポンはメリットもないのに僕を助けてくれた)
距離、残り四メートル。
葛藤が脳内を駆け巡る。
……。
距離、残り一メートル。
「こっちを見ろ!!!!」
叫ぶと同時に、体内の血流を無理やり加速させる。冷え切っていた全身が、一気に熱を帯びるのを感じた。
瞬間。閻魔大王が明確な殺意を湛え、僕の方へと向き直る。
数秒の静止。
次の瞬間には、視界から彼女が消えていた。一気に距離を詰められ、彼女の手刀が僕の体に深く突き刺さる。
「痛い……。けれど……っ」
刺さったのは、右腕の肘辺り。
体温を上昇させる部位を腕に集中させたことで、初手の一撃を急所から外させることに成功したのだ。閻魔大王は、数秒ほど動きを止め、じっくりとこちらを観察するように見つめてくる。
僕の実力では、完璧に一部の体温だけを上げることはできない。他の部位の温度も少なからず上がっている以上、この種がバレるのも時間の問題だ。
だが、時間は稼げた。
突如、遥か上空から神々しい光が降り注ぐ。
僕が今立っている場所。それは、閻魔大王をおびき寄せるための目標地点だ。この真上、一キロ先には天使エデンが空中で待機している。
そして、エデンにはデュポンと閻魔大王の距離が残り3メートルあたりですでに合図を出していた。
それが意味するのは、エデンの能力発動に必要な10秒を満たしているということだ。
僕と閻魔大王の姿は、一瞬にして、天から降り注ぐ純白の光の中に包み込まれた。
普通に風邪ひきました。更新頻度がすこし落ちます。申し訳ありません。ゴールデンウィーク前なのに…せっかくの休みなのに…




