ハルは探索する
あれから、さらに一か月が経過した。
ヴァルが個人的にエンマのことを探してくれているが、いまだに進展はない。
現在、僕とデュポン、ヴァルの三人は、要塞から遠く離れた廃墟を探索していた。近々この廃墟一帯で戦闘が起こるらしく、そのための下見だ。
立ち並ぶビルの残骸は、まるで巨大な墓標のように静まり返っている。
「さすがにここまで探しても閻魔大王に関する情報が一つもないとなると、閻魔大王はおそらくここにはまだいないのは確定かな」
「……やっぱりか」
ヴァルの言葉に、僕は小さく肩を落とした。もうかなりの時間が経っている。やはり心配を拭い去ることはできない。
「そう心配するなよ、話を聞く感じだと閻魔大王がお前を見捨てるとは思えんし、いつかは会えるだろ」
「……そうだよね。うん、大丈夫!」
エンマやオクスタシアさんの顔を思い浮かべると、胸の奥に灯がともる。少しだけ元気を取り戻せた気がした。
すると、隣を歩いていたデュポンが、僕の顔をじっと覗き込んできた。
「どうかした、デュポン?」
「え、あ、いや。別に……ただ、閻魔大王のことをかなり信頼してるんだなって。こんな得体の知れない場所に飛ばされて、よく信頼できるよねって…あ悪口言ってるわけじゃないよ」
「確かに…でもたくさん助けられてもらったしエンマがいなかったらきっと死んでたし。」
口にしてから、それだけが理由じゃないような気がした。
初めて会った時から、エンマにはもっとこう、言葉では表せない曖昧な何かを感じるような……そんな気がするんだ。
「ふーーん」
ふとヴァルを見てみると手を顎に当て、何かを考え込んでいた。
「どうかした」
「やっぱ、外の世界との時間の流れの差を鑑みると、時空間の乱れが相当ひどくなってるみたいだな」
時空間の乱れ。エリーゼさんやオクスタシアさんも話していたことだ。今、この第3層の試練の間では、時間の進みが不規則に変わり続けているという。
「……そういえば、時空間の乱れって何かまずいの?」
「あー、正直何が起こるかは俺もわからない。だけど何が起こってもおかしくはない。このままだと、先にこの試練の間自体が裂け始めるんじゃねーのかな」
ヴァルの答えは曖昧だったが、その声には微かな危惧が混じっていた。
「ヴァルにでも、わからないことってあるんだね……」
「当たり前だろ、俺はそんな万能じゃないぜ」
自嘲気味にヴァルが笑った、その時だった。
「わわっ!」
ドカッ、と景気いい音がして、隣を歩いていたデュポンが瓦礫につまずき、盛大に転んでいた。
「どじだな、お前は」
ヴァルがデュポンの手を引っ張り、上体を起こさせる。
「うぅ……いだーーーーーい!」
膝を擦りむいたのか、血が滲んでいた。やれやれと首を振りながら、ヴァルが少し屈んでデュポンの足に手をかざす。柔らかな光が溢れた。
すると、みるみるうちに傷が消え、すぐに元の綺麗な肌に戻っていく。
「それ、魔法?」
「ん? あぁこれのことか。魔法だよ。俺は特に能力を持ち合わせてないから、魔法を使うしかないんだよ。」
……というか魔法で傷まで治せるのか。
オクスタシアさん曰く、僕にも魔法を使う素質はあるらしい。けれど「覚えること自体が難しい。一朝一夕でやるもんじゃない」と言われ、詳しくは教えてもらえなかった。
「痛みも取り除ければいいのに……」
デュポンは膝をさすりながら、少し涙目になっている。
「気をつけろよ。ここら辺は足場がかなり崩れてるんだから」
ヴァルの言う通り、ビルは折れ、道は断絶し、もはや道としての体をなしていない。事前に地形を把握しておかなければ、実戦では命取りになるだろう。
見渡していると、ある疑問が浮かんできた。
「ここの廃墟とかって、もともとあったの?」
僕たちのいる要塞もそうだが、こんな巨大な建造物を今の状況で作るなんて不可能に思える。ヴァルは一瞬不思議そうな顔をしたが、すぐに納得したように頷いた。
「あぁ……そうか、ハルは知らないのか。確かに普通はあり得ないよな。そうだ、ハルは閻魔大王候補2期生の『イム』ってやつを知ってる?」
「えーと、何となく聞いたことがあるような……」
エリーゼの執事さんに一気に説明された名前の一つだった気がするが、詳しくは覚えていなかった。
「イムは創造魔法を使う非能力者なんだけど。あの要塞とかここら辺の建物とかは、全部あいつが作り出してる。もちろん、イム一人でね」
「は? あんなでかい建物を!?」
「そう、あれはもう神業だね3層に来るまでにお城とか豪邸とか見なかったか? あれもすべてイムの創作物だ」
エリーゼさんの豪邸や、アルカのお城。資材もまともにないこの無間地獄でどうやって建てたのか不思議だったが、あれも魔法で作られていたのか。
「創造魔法って、そんなになんでもできるの……」
「ま、魔法を使わないハルに言うのはあれだけど、創造魔法はすべての魔法の原点だ。それもあって、実力次第ではどんなものでも作り出せるぞ」
「どんなものでも……」
「教えてあげてもいいよ」
「え、ほんと!!」
食いつく僕に、ヴァルは意地悪な笑みを浮かべた。
「才能があれば、1000年くらいやればいけるぞ」
「……いや、無理じゃん!!」
「がはは!」と、僕の反応を見てヴァルは愉快そうに笑った。どうやら最初から教える気はなかったらしい。
「ていうか思うんだけど。エンマ大王候補って、他にもこの第3層にいるの?」
瓦礫の山に腰を下ろし、僕は気になっていたことを口にした。
「いるよ。というか、生き残ってるのは今、ほとんどこの第3層の試練の間にいるんじゃねーかな。俺もほとんど会ってないから、詳しくは知らないけどね」
「あの要塞にはいないの?」
「いないいない。閻魔大王候補たちは皆、陰でこっそり生きているか、ギネーベみたく悪魔を先導しているか……そのどっちかだな」
「ギネーベみたいなのが、他にもいるの!?」
僕が驚いて声を上げると、ヴァルは遠くの空を見上げた。
「いる……よ。今、この試練の間は大きく三つの勢力に分かれてる。一つはギネーベの要塞。そしてもう一つは、閻魔大王候補の『グリュン』と『シーラ』が支配している都市。……そして、閻魔大王候補筆頭の『アルヴァトス』率いる攻略隊だね」
ヴァルの説明によれば、この三つの勢力にはそれぞれ一万から二万もの悪魔が所属しているそうだ。残りの候補者たちは、どこかで自由に暮らしているらしい。
以前、エリーゼさんの執事から名前を一通り聞いたはずだが正直なところあまり覚えておらず大王候補についていくつか聞いてみたりした。
そんな話をしていると、デュポンが不思議そうに首を傾げた。
「あれ? ヴァル。アルヴァトスの攻略隊は、もう解散したんじゃなかったっけ?」
「……そうだったか?」
一瞬。
本当に、呼吸一つ分ほどのわずかな間を置いて、ヴァルが返した。
「そうだよ。たしか近頃は、攻略隊が少しずつバラバラになってるって噂になってたよ」
「ふーん。まぁ、どうでもいいでしょ」
「そうかな……」
ヴァルのどこか他人事のような、それでいて拒絶するような反応に、僕は小さな違和感を覚えた。
……なんだろう、今の間は。
けれど、深く追求するほどのことでもないと思い直し、僕はそれ以上言葉を重ねなかった。
再度、廃墟の街を歩き出した。
ヴァルがなんか隠しごとしてますね。閻魔大王候補の悪魔を全部だしきれるかちょっと心配。




