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「実は僕は…」
動機が早くなり言葉が詰まる。
「落ち着け落ち着け…ゆっくり話せばいい。俺だって長く生きているんだ並大抵の事なら驚かないよ」
「ヴァル…」
とりあえずその場で深呼吸をし気持ちを落ち着かせた。錆びた鉄のような第3層の空気が肺に入り、少しだけ冷静さを取り戻す。
「えっと最初に聞きたいんだけど、閻魔大王のことは知ってる?」
「えっと閻魔大王はわかるけどたくさんいるよ、いつの代の大王だ?」
ヴァルは椅子に深く腰掛け、どこか遠くを見るような目をしている。
「えーと、たぶん一番最近の?」
「じゃあ、もしかしたら知らないかも。」
…というかあれ?何かおかしい。てっきり知ってると思ってたけど。
エンマはこの無間地獄では殺せばここを出られるという指名手配されている。だから閻魔大王のことは知っていなきゃおかしい。
「えっとヴァルたちは今の大王がこの無間地獄に落ちてきてることは知ってる?」
「……は?まじかよ。」
最初驚かないよと優しく微笑んでたはずのヴァルは、口をあんぐりと開け驚いていた。たしかに明らかに並大抵のことではないから当然ではある。
「なんか指名手配みたいな紙みたいなのが届かなかった?」
「届いてないぜ、そんなもん。周りにもそんなのが届いたって話なんて聞いたこともない」
「おかしい…第2層にいた悪魔たちも、第3層にいたエリーゼのもとにも届いていたらしいんだけど」
「…話を聞く限りまじっぽいな。まぁいいや、届いてない理由はこの際どうでもいい。それよりも、どの閻魔大王かって話だな。名前とか分からないの?」
「…本人はエンマって言っていた。ただこれ本名じゃないらしいから…」
「そうだな…それだけじゃさすがに分からないな。なんかほかに特徴はない?」
「あ、無間地獄を踏破してるっていえばわかる?」
ヴァルの言葉が止まった。フードの奥の瞳が、何か悍ましい記憶を呼び覚まされたかのように鋭く光る。
「あ…そうか。あいつ、ちゃんと成ったのか…」
「エンマのことわかった?」
「そうだな…無間地獄の最前線に立ってたやつらなら知らないやつはいない。突然現れて名前も、前世で何をしたのかもすべてが謎。すべてにおいて圧倒的だった。」
「…当時のエンマと喋ったことはある?」
「あぁ…あれ?どうだったか。喋ったのようなきもするようなないような。ただとにかく無情だったかな。覚えてないな。」
「そう…」
無情…今のエンマからはまるでとても想像つかなかった。いつのひか第2層でオクスタシアが話してたエンマが記憶を消してるって話がますます現実味を増していた。
「閻魔大王のことはだいたい把握した。それでハルは結局なにを?」
「えっと少し長くなるんだけど」
ヴァルに僕が間違いで無間地獄に落ちてきたこと、エンマとはぐれてしまったこと、一緒にいるオクスタシアのことなど一通り説明した。話している途中、いつのまにかデュポンも身を乗り出して会話に参加していた。
「なるほど、だいたい理解はした。確かハルが一人で今この時期に来たのは明らか違和感あったな。大変だっただろここにくるまで。というかよくこれたな」
「いや僕がすごいんじゃない。エンマのおかげだよ。エンマがいなかったら絶対にここまでたどり着かなかった。」
「とにかくハルははぐれてしまったエンマたちと合流をしたいわけか。」
ヴァルは腕を組み、現実を突きつけるように静かに言った。
「…話をきく限りだけどハルが到着してから1か月たつか経たないかくらいだろ。でも閻魔大王関連の話題の一つすら上がっていない。オクスタシアとエリーゼが同行しているならなおさら目立たないはずがない。」
「なにより、ギネーベが黙っているわけがない」
デュポンの冷ややかな一言が、部屋の温度をさらに下げた気がした。
「…じゃあエンマはまだここについてないってことになるのかな」
あの時僕だけがあの黒い球に吸い込まれた。そのあとエンマたちがどうなったのかはわからない。もしかしらまだあの白い空間にいる可能性だってある。
「まぁ、できる限りこっちで探しておくよ。」
「…ありがとう、ヴァル」
「それはそうと…」
ヴァルが大きな手で、僕の頭を優しくなでた。
「よく頑張ったな。ここまで我慢できたな。こんなひどい空間にいきなり一人で飛ばされたんだ」
その温もりに少しだけ泣きそうになる自分に驚く。僕は反射的にその手を振り払うように言った。
「…子供扱いはよせよ。」
そういえば死後の世界に来てからずっと思っていたが、どうも精神年齢がこの18歳くらいの体に引っ張られている気がする。僕の享年は86歳、それまでの記憶も、人生の経験もある程度ちゃんと残っているはずなのに。
……いつかエンマがそんなことを言っていたような気もする。でも、あいつはあんな幼女みたいな見た目をしておいて中身は誰よりも完成されている。一概に、全員が全員身体に引っ張られるわけじゃないんだろうか。
「ま、ハルもデュポンも俺から見たら子供だぜ」
ヴァルは悪戯っぽく笑う。彼からすれば、千年以上生きているという「育ての親」との時間に比べれば、数十年なんて瞬きのようなものなのかもしれない。
「全く……。でもよかった。話せたおかげでだいぶ楽になれた」
僕の言葉に、デュポンが深く、強くうなずいた。
「ほんとだよ。ただの悪魔ではないと思っていたけど、こんな秘密をもってたなんてね」
「ごめん、いつかは話そうと思ってたけど…」
「ま、気にすることじゃないでしょ。だって、こんなことむやみやたらに話すことじゃないんだから。……というかハルたちは、これからこの第3層の試練を攻略するつもりなの?」
デュポンの声に、少しだけ緊張が混じる。
「やめておいたほうがいいと思う」
「いや、でもそんなわけには……」
「というか不可能だ。あんなのに勝てるやつはいない。絶対に殺されてしまう」
デュポンの口調がどんどん尖り始め、言葉がヒートアップしていく。彼がこの層の主であるギネーベや、あの「罰」をどれほど恐れているかが伝わってきた。
「おいおい、そこまでにしろ。デュポンの言っていることはわかるけど、そこまで言うことはないだろ」
ヴァルがたしなめるように割って入る。
「……だって、だって! ……って、ちょっと!!」
デュポンが急に頭を抱え、その場で悶え始めた。人格が入れ替わる時の、あの独特の拒絶反応だ。数秒もしないうちに、彼の纏う空気が一変した。
「はいはーーーい!! 黒ポンでーす」
「え、黒ポン!! どうしたの急に!」
「いーや、ただデュポンが素直に話そうとしていないからな。デュポンはあんなこと言ってるけど、実際はただあなたのことが心配なだけなんだぜ。今回はそれを教えにきてやったのさ」
あまりに陽気すぎる言い方に、張り詰めていた部屋の空気が一気に和らいだ。
「……デュポンの気持ちは分かった。でも、僕とエンマはここを出ないといけない。だから、デュポンのお願いは聞けない」
「ふーん、よかったな私が表に出ていて。デュポンの状態でそれ聞いたら、たぶん拗ねて絶対めんどくさいことになってんぞ」
「まぁ、その……ありがと。この後はどうするの?」
「もちろん!! せっかく変われたんだ。外にいる化物でも狩ってくるぜぇ!! ギロギローーー!!」
相も変わらず変な笑い声を上げながら、黒ポンは嵐のように部屋を飛び出していった。
「いいの? デュポン……じゃなくて黒ポン、出ていったけど……」
「大丈夫さ、ほっとけ。やばくなったら勝手に帰ってくるよ」
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